小栗家住宅
愛知県半田市中村町1丁目、ミツカンミュージアムの北側にある豪商の建物群が、小栗家住宅(おぐりけじゅうたく)。明治3年築という豪商・小栗家の店舗兼住宅(旧萬三商店事務所)など明治時代前期、大正時代築の12棟が国の重要文化財…
愛知県半田市中村町1丁目、ミツカンミュージアムの北側にある豪商の建物群が、小栗家住宅(おぐりけじゅうたく)。明治3年築という豪商・小栗家の店舗兼住宅(旧萬三商店事務所)など明治時代前期、大正時代築の12棟が国の重要文化財…
岡崎城から八丁(870m)離れていたことからその名がついた八丁村(現在の愛知県岡崎市八丁町)は岡崎の名物、八丁味噌の生産地。平成18年度前期のNHK連続テレビ小説『純情きらり』の舞台となった岡崎の八丁味噌蔵の通りが、八丁…
愛知県岡崎市八丁町、岡崎城から西へ八丁離れた、八町村(現・八丁町)で、みその仕込みを始めたが八丁味噌のおこり。『岡崎市史』によれば味噌醸造としては正保2年(1645年)創業のカクキュー(社名は八丁味噌)が元祖。その味噌蔵…
愛知県岡崎市伝馬通1丁目、岡崎公園(岡崎城跡)の東、旧東海道(岡崎二十七曲がり)・総門通り沿いに建つレトロな洋館が、岡崎信用金庫資料館。大正6年、岡崎銀行本店として建てられたルネサンス様式の建物で、レンガと御影石を使った…
愛知県岡崎市藤川町、東海道藤川宿背後の丘陵にある厄除けの祈祷(きとう)で有名な臨済宗妙心寺派の寺が、一畑山薬師寺(いちはたさんやくしじ)。境内には平成14年に誕生した一畑山薬師寺御霊泉があり、祈祷とセットで入浴できる仕組…
愛知県豊田市平戸橋町(豊田市民芸館)、明治時代に名古屋で開催された博覧会の貴賓館として建造された洋館と伝わるのが、旧井上家住宅西洋館。井上家(井上徳三郎)は名古屋の両替商で、蓄えた財で西加茂郡猿投村(現・豊田市井上町)に…
愛知県岡崎市、岡崎地域文化広場にある中心施設が、おかざき世界子ども美術博物館。昭和60年5月に開館した「世界で初めての本格的な子どもの美術博物館」で、展覧会での美術鑑賞だけでなく、併設される「親子造形センター」での作品制…
愛知県岡崎市、「おかざき世界子ども美術博物館」が中心施設の岡崎地域文化広場にあるのが、妖精の棲む浮かぶ島。世界で初めての本格的な子どもが主役の美術博物館「おかざき世界子ども美術博物館」の前庭(ふれあい広場)にある、巨大な…
愛知県岡崎市、東公園の西端にあるのが、旧本多忠次邸。旧岡崎藩主・本多家(本多忠勝系)の末裔にあたる本多忠次が、昭和7年、東京・世田谷に建てた邸宅(洋館)と壁泉(へきせん)の一部を移築復原したもの。館内には当時の家具、ステ…
愛知県岡崎市欠町、面積26.91ha(ナゴヤドーム5個分)という広大な敷地を誇る岡崎市立の公園が、東公園。あしのべ池の東側、東名高速道路沿いにあるのが恐竜広場です。ブラキオサウルス、ティラノサウルス、トリケラトプスなどの…
愛知県豊明市沓掛町にある戦国時代の城跡が、沓掛城(くつかけじょう)。鎌倉往還と長久手方面との街道の交わる交通の要衝で、応永年間(1394年〜1428年)頃に築かれた平城。桶狭間の戦い(おけはざまのたたかい)では、今川義元…
永禄3年(1560年)、那古野城(愛知県名古屋市、後の名古屋城)を目指し駿河・遠州・三河の4万5000余の大軍で西へと進軍する今川義元に対し、尾張を統一目指していた織田信長が挑んだ合戦が、桶狭間の戦い(おけはざまのたたか…
愛知県田原市田原町にある戦国時代から江戸時代の平城の跡が、田原城(たはらじょう)。江戸時代には田原藩1万2000石の藩庁としても機能しました。天文16年(1547年)、城主・戸田康光(とだやすみつ)は、今川方から織田家に…
愛知県名古屋市緑区大高町にある中世の平山城が、大高城(おおだかじょう)。織田信長が今川義元を討った桶狭間の戦い(おけはざまのたたかい)で、今川方の人質だった松平元康(徳川家康)が、大高城に物資を届けたことでも知られていま…
愛知県名古屋市熱田区伝馬2丁目、熱田神宮の南、宮の渡し(七里の渡し渡船場)の東にあるのが、熱田羽城・加藤図書屋敷跡(徳川家康幼時幽居地)。徳川家康は、幼少時、織田家の人質として豪商・加藤図書助順盛(かとうずしょのすけのぶ…
愛知県名古屋市中区、現在の名古屋城二之丸跡にあった中世の城が、那古野城(なごやじょう)。大永年間(1521年〜1528年)に今川氏親(今川義元の父)が築城した城ですが、織田信長が育ち、さらには徳川家康が駿府生活の前、人質…
地元で三英傑(織田信長、豊臣秀吉、徳川家康)の出身県でもある愛知県。日本100名城選定の名古屋城、岡崎城、長篠城、犬山城(国宝天守)と、続日本100名城選定の小牧山城、吉田城、そしてちょっぴり無名の古宮城が愛知県七大名城…
愛知県新城市上平井、織田信長が長篠の戦いの折、最初の本陣としたのが、長篠設楽原古戦場・織田信長本陣跡(極楽寺跡)。設楽原に軍を進めた織田信長は、最初、この極楽寺山に本陣を構えています。極楽寺はそれ以前に焼失しており、後世…