オメガ公園(対馬オメガ局跡地)
長崎県対馬市上対馬町大増、対馬北部の東岸にあるのが、オメガ公園。対馬オメガ局跡地で、かつて船舶などの位置確認に利用される東洋一の電波塔「対馬オメガ局送信用鉄塔」(昭和50年完成、平成12年解体)が建っていました。高さ45…
長崎県対馬市上対馬町大増、対馬北部の東岸にあるのが、オメガ公園。対馬オメガ局跡地で、かつて船舶などの位置確認に利用される東洋一の電波塔「対馬オメガ局送信用鉄塔」(昭和50年完成、平成12年解体)が建っていました。高さ45…
長崎県対馬市上対馬町琴(きん)の長松寺にあるイチョウの巨木が、対馬琴のイチョウ(つしまきんのいちょう)。推定樹齢1500年といわれる日本最長寿のイチョウとされ、長崎県の天然記念物に指定。大陸から日本に伝わった最初のイチョ…
長崎県対馬市上県町、対馬の北部、棹崎公園(さおざきこうえん=棹崎砲台跡)にあるのが、対馬野生生物保護センター。ツシマヤマネコを中心に、対馬の希少野生生物保護の拠点として環境省、長崎県、対馬市合同の施設として平成9年に開館…
長崎県対馬市上県町、対馬の北部、「日本最北西端の碑」が立つ棹崎(さおざき)背後の高台に整備されるのが棹崎公園。断崖の上に建つ現在の対馬棹埼灯台は、昭和42年3月30日、初点灯した灯台で、昭和13年3月に設置された棹崎砲台…
長崎県対馬市上県町、対馬の北部、「日本最北西端の碑」が立つ棹崎(さおざき)背後の高台に整備されるのが棹崎公園。断崖の上に建つ現在の対馬棹埼灯台は、昭和13年3月に設置された棹崎砲台の跡。豊砲台、城山砲台、姫神山砲台などと…
長崎県平戸市木ヶ津町、カトリック木ヶ津教会近くにある樹齢150年ほどの桜の巨木が、慈眼桜(じげんざくら)。慈眼岳(371.7m)を眺める標高80mほどの丘にあるので、慈眼桜の名があります。樹高10m、幹回り3m、枝幅20…
長崎県平戸市岩の上町、日本100名城に選定される平戸城。昭和37年に復興天守、見奏櫓、乾櫓、地蔵坂櫓とともに復元された櫓が、懐柔櫓(かいじゅうやぐら)。内部はホテルタイプにリフォームされ、令和3年4月1日から日本100名…
長崎県平戸市岩の上町、平戸城二の丸跡の高台に鎮座するのが、亀岡神社。宝永5年(1708年)、平戸藩藩主・松浦棟(まつらたかし)が松浦家の祖廟を霊椿山神社(現在の護国神社付近)として築いたのに始まる社で、主祭神は8代・松浦…
長崎県にある名城は、松浦氏(平戸藩主)の居城・平戸城(平戸市)、島原藩の藩庁・島原城(島原市)が日本100名城、対馬に築かれた古代山城・金田城(かなたのき/対馬市)、幕末に福江藩が築いた福江城(五島市)、世界遺産の原城(…
長崎県諫早市富川町、本明川上流の富川渓谷の巨岩に彫られた石仏が、大雄寺の五百羅漢(だいおうじのごひゃくらかん)。元禄12(1699)年に本明川が大洪水を起こし、487名という犠牲者が生まれていますが、犠牲者の霊を慰め、除…
長崎県雲仙市小浜町、雲仙ロープウェイで登った妙見岳山頂直下、妙見岳展望所は、九州を代表する霧氷(むひょう)の観賞ポイントです。雲仙ロープウェイは四季折々の「記憶に残る別世界」をPRしていますが、12月~3月初旬には霧氷が…
2024年2月9日(金)~4月7日(日)、長崎県佐世保市のハウステンボスで『100万本のチューリップ祭』を開催。日本一広いテーマパークという広大な敷地を活かし、チューリップを100万本も植栽。オランダ水車とチューリップ…
2024年1月13日(土)~1月28日(日)、長崎県長崎市の野母崎・長崎のもざき恐竜パーク内の水仙の丘で、『のもざき水仙まつり』を開催。野母崎の付根、軍艦島を眺める斜面には、水仙が育成され、長崎県で唯一、環境省「かおり風…
長崎県長崎市、軍艦島を眺める国道499号沿いにある伊勢の二見浦・夫婦岩にそっくりな奇岩が、夫婦岩(めおといわ)。地質学的には玄武岩質のマグマが地下深部で徐々に冷えてできた「野母変はんれい岩複合岩体」で、4億8000万年前…
長崎県南島原市加津佐町の海岸部、国道251号沿いにある奇岩が、両子岩(ふたごいわ)。は、150万年前(第四紀)に火山活動があった国崎半島の火山に由来する土石流堆積物(国崎安山岩)が、波の浸食によって削られて誕生した人の頭…
長崎県雲仙市千々石町(ちぢわちょう)の橘神社(たちばなじんじゃ)で、例年12月下旬(12月27日頃)〜1月下旬の間、『世界一の大門松』が社前に登場します。2000年(平成12年)12月、ギネスに「世界一の大門松」(Lar…
長崎県佐世保市針尾北町、浦頭国際ターミナル近くにある公園が、浦頭引揚記念平和公園(うらがしらひきあげきねんへいわこうえん)。浦頭港は、第二次世界大戦後の引揚港のひとつで、昭和20年10月〜昭和25年4月の間に、139万6…
長崎県対馬市厳原町阿連(あれ)、対馬の西岸、最澄漂着の地と伝わる阿連港の南側の海岸線にあるのが、阿連の洞門。阿連から南の小茂田集落に向かう道が悪く、波を受ける場所もあって難儀したため、阿連の石屋・田代棟梁の協力で手掘りで…