耳塚
朝鮮侵略を目的に、豊臣秀吉が2度の出兵を行なった、文禄・慶長の役(朝鮮では「壬辰・丁酉の倭乱」)。慶長の役の際、軍功の証として慣例である首級(しるし)の代わりに、敵兵の耳や鼻などを切り落とす「鼻切り令」が出されました。そ…
朝鮮侵略を目的に、豊臣秀吉が2度の出兵を行なった、文禄・慶長の役(朝鮮では「壬辰・丁酉の倭乱」)。慶長の役の際、軍功の証として慣例である首級(しるし)の代わりに、敵兵の耳や鼻などを切り落とす「鼻切り令」が出されました。そ…
1586(天正14)年、豊臣秀吉により京都・東山に創建された天台宗の寺、方広寺。豊臣秀吉が奈良の東大寺にならって大仏建立を志して造営したもの。1595(文禄4)年、大仏殿が完成し高さ6丈(18m)の廬舎那仏(るしゃなぶつ…
京都の東山にある豊国神社(とよくにじんじゃ)。「ほうこく」とも「とよくに」とも呼ばれ、祭神は豊臣秀吉。京は秀吉が大名として統治した場所。秀吉は死後、遺言により東山阿弥陀ヶ峰に葬られ、方広寺の鎮守社である豊國社に祀られまし…
1597年2月5日(慶長元年12月19日)、豊臣秀吉は、長崎・西坂で26人のカトリック信者を磔の刑に処するように命じます。後にカトリック教会によって26人は聖人の列に加えられたため「二十六聖人の殉教」と称され、「日本二十…
7月の『津島天王祭』で有名で、全国に3000社ある天王社の総本社・津島神社の横にある公園。大正9年に佐屋川の支流・天王川の名残りの池を中心に開設された公園です。舟運が盛んだった時代には津島湊(つしまみなと=川湊)として尾…
日本の近世城郭のなかでも、築城当時の姿を残す唯一の存在といわれる姫路城。歴史は古く、1333(元弘3)年、播磨の守護職・赤松則村によって、砦が築かれたのが始まり。羽柴秀吉により、さらに池田輝政が現在の城郭を建築しました。…
姫路城の連立天守群の建つ天守台の北西、乾小天守(いぬいこてんしゅ/乾=北西)北側の石垣に「姥が石」(うばがいし)と通称される伝説の石があります。築城の際の転用石にまつわるエピソードですが、実は後世の創作という疑いも大で・…
唐津市の七山地区を流れる滝川川(玉島川の支流)の中流に懸かるのが観音の滝。七山とはその名の通り標高600m内外の7つの山に囲まれたエリアで、上流には「九州の尾瀬」と呼ばれる樫原湿原(かいばるしつげん)もあります。観音の滝…
三保の松原(静岡県)、気比の松原(福井県)と並び、「日本三大松原」に数えられる景勝地で国の特別名勝になっているのが唐津市の虹の松原。松浦川の河口から浜玉町にかけて5km、幅400m〜700mで、230haにも渡る長大な松…
映画『のぼうの城』で一躍有名になった、石田三成の忍城水攻め。その水攻めの際に築かれたのが石田堤と通称される総延長28kmに及ぶ堤です。行田市堤根地区から鴻巣市袋地区にかけて、250mが現存し、石田堤史跡公園として、埼玉県…
岐阜県大垣市墨俣町、長良川西岸に建つ墨俣城(すのまたじょう/戦国時代の地名は洲股)。1561(永禄4)年5月の織田信長による美濃侵攻の際に木下藤吉郎(豊臣秀吉)が短期間で築城したため「墨俣一夜城」の名があります。この一夜…
天台寺門宗の総本山で、長等山中腹に広大な敷地を有する名刹、三井寺(みいでら)。正式名は長等山園城寺(ながらさんおんじょうじ)といい、近江八景の一つ「三井の晩鐘」でも有名。奈良時代、壬申の乱に敗れた大友皇子の霊を弔うために…
三井寺唐院三重塔は室町時代初期の建築で、1597(慶長2)年に秀吉が伏見観月橋下に移築した大和の比蘇寺(ひそでら=現在の世尊寺)の東塔を、1600(慶長5)年に徳川家康が三井寺に寄進したもの。国の重要文化財で、一層目の須…
大津市にある三井寺(みいでら)は正式には長等山園城寺(ながらさんおんじょうじ)といい、天台宗の総本山。金堂は1599(慶長4)年、豊臣秀吉の正室である北政所(ねね=高台院)により再建されたもので、国宝。
1571年(元亀2年)、織田信長の有名な「比叡山焼き討ち」の後、明智光秀には近江国滋賀郡(現在の滋賀県大津市一帯)が与えられ、信長の命により、坂本に城が築かれました。比叡山延暦寺と京への出入りを監視するという重要な意味が…
本能寺の変後の1586(天正14)年、豊臣秀吉は明智光秀の拠点、坂本城を廃城とし、浅野長政に命じて大津城を築城。1595(文禄4)年には、京極高次が城主となっています。1600(慶長5)年の関ヶ原の戦いで京極高次は東軍に…
ユネスコ世界文化遺産に登録された比叡山延暦寺の西塔(さいとう)地区にある釈迦堂は、正式には延暦寺転法輪堂といい延暦寺西塔の中心となる本堂で、本尊には釈迦如来を祀っています。
ユネスコ世界文化遺産に登録される比叡山延暦寺。比叡山の山上に展開する堂宇群の中心、東塔(とうどう)にある大黒堂は、最澄が比叡山へ登った折、この地において大黒天を感得したと伝わる霊域で、「日本の大黒天信仰の発祥の地」。大黒…