柴田氏庭園
別名「甘棠園」(かんとうえん)とも呼ばれる福井県敦賀市にある江戸時代前期の庭園で国の名勝に指定されるのが柴田氏庭園。江戸時代前期、敦賀の豪農(庄屋)だった柴田権右衛門が絵師・狩野探幽に地割りを任せ、探幽の死後14年が経た…
別名「甘棠園」(かんとうえん)とも呼ばれる福井県敦賀市にある江戸時代前期の庭園で国の名勝に指定されるのが柴田氏庭園。江戸時代前期、敦賀の豪農(庄屋)だった柴田権右衛門が絵師・狩野探幽に地割りを任せ、探幽の死後14年が経た…
長野県大町市、大町市街地の西端に位置する曹洞宗の寺、天正寺。大和の古代豪族・阿部氏が姫川上流の信濃国・安曇地方に居を構えて仁科氏を称し、鎌倉時代に大町に館を築いたと伝えられますが、その仁科氏居館跡が現在の天正寺一帯。戦国…
福井県坂井市、北前船(西廻り航路)の寄港地として繁栄した三国湊(三国港)の古刹、瀧谷寺(たきだんじ)。南北朝時代の永徳元年(1381年)、睿憲上人(えいけんしょうにん)が開山した寺で、性海寺とともに、越前における真言宗の…
長野県大町市、大町市街の中心に鎮座する神社が竈神社(かまどじんじゃ)。安曇野を支配した仁科氏が鎌倉時代に大町に居館を構えたとき、鬼門(北東)を封じるために創建されたという社。荒神様と尊崇された三宝荒神(さんぼうこうじん)…
長野県大町市、大町市街と北アルプス(西山)の反対側に位置する東山と呼ばれる八坂地区(旧八坂村)を結ぶ長野県道55号(大町麻績インター千曲線)の絶景スポットは相川峠展望台。かつての大町市と八坂村の境に位置し、トンネルの大町…
長野県小谷村、深田久弥の『日本百名山』の一座、雨飾岳の登山口、雨飾高原にある公共の宿「雨飾荘」から山麓「山田旅館」方向へ車道を2分ほど歩いたところの入口からブナ林のなかに分け入ると男女別の露天風呂があります。これが風情あ…
名古屋市西区那古野(なごの)にある日蓮宗の寺が円頓寺(圓頓寺/えんどんじ)。承応3年(1654年)、普敬院日言上人が創建、享保9年(1724年)に現在地に移っています。徳川家康の九男で初代尾張藩主・徳川義直の側室により寄…
愛知県名古屋市中川区荒子町にある荒子観音(あらこかんのん)は、笠寺観音、甚目寺観音、龍泉寺とともに「尾張四観音」のひとつとして名古屋の人の篤い信仰を集める名刹。正式な名は、浄海山円龍院観音寺。寺伝によれば、古く奈良時代、…
長野県白馬村、山麓の和田野の森から黒菱林道(黒菱ライン)で黒菱平に上る途中にある白馬三山の絶景ポイントが北尾根高原。標高は1210mほどですが、白馬三山などの絶景が広がる白馬屈指のビューポイントになっています。カフェ「北…
長野県長野市、奥社バス停から森のなかにのびた参道を、約2kmたどった戸隠(とがくし)山中腹に鎮座する神社が戸隠神社奥社。祭神は「天の岩戸」を実際に開けた強力の持ち主、天手力雄命(あめのたぢからおのみこと)で、御利益は五穀…
福井県小浜市にある高野山真言宗の寺、妙楽寺。寺伝によれば、養老3年(719年)、行基が本尊を刻んで岩屋山に安置し、延暦16年(797年)、空海が諸国行脚の途中、霊地を占い本尊を拝して堂宇を建立したと伝えられる古刹です。鎌…
福井県若狭町、三方五湖レインボーライン途中、三方五湖最大の水月湖と日本海の間、常神半島の付け根に位置する絶景の頂が梅丈岳(標高395m)。日本海と三方五湖を見下ろす定番のビューポイントで、別名「三方富士」とも呼ばれる秀峰…
長野県白馬村、白馬八方から白馬岳登山口の猿倉に向かう途中にある簡素な入浴施設が白馬八方温泉・おびなたの湯。露天風呂のみですが、白馬八方温泉の源泉に最も近く、飲泉も可能です。泉質はアルカリ性単純温泉ですが、pH11を超える…
長野県下高井郡野沢温泉村にある永禄11年(1568年)創建の曹洞宗の古刹、健命寺(けんめいじ)。8代住職の晃天園瑞(こうてんえんずい)が、宝暦6年(1756年)、京都遊学の際に天王寺蕪の種を持ち帰り、野沢温泉でまいたとこ…
山形県尾花沢市、最上川支流の銀山川の両岸にレトロな木造3階建ての旅館が建ち並ぶのが銀山温泉。その名の通り、幕府直轄の銀鉱山として栄えた歴史を持つ地に温泉が発見されたのは今から400年ほど前。明治時代に湯宿としての経営が始…
山形県米沢市の吾妻山山腹、標高800m内外に位置する温泉地が開湯は白布温泉(しらぶおんせん)。正和元年(1312年)開湯という古湯で、白布高湯として、蔵王温泉(最上高湯/山形県山形市)、吾妻高湯(福島県福島市)とともに奥…
静岡県磐田市の天竜川の河口に建つ灯台が掛塚灯台。もともとは、明治13年、 旧幕臣の荒井信敬(あらいしんけい)が私財を投じて改心灯台を建設したのが始まり。明治30年3月25日に官製の掛塚灯台が初点灯しています。平成14年に…
福井県小浜市にある曹洞宗の寺、空印寺(くういんじ)。大永2年(1522年)、若狭国の守護、武田元光(たけだもとみつ)が後瀬山城(のちせやまじょう)築城の際、堅固な城館を建てた地がここ。京極忠高が建立した泰雲寺が前身ですが…