瀧谷寺

瀧谷寺

福井県坂井市、北前船(西廻り航路)の寄港地として繁栄した三国湊(三国港)の古刹、瀧谷寺(たきだんじ)。南北朝時代の永徳元年(1381年)、睿憲上人(えいけんしょうにん)が開山した寺で、性海寺とともに、越前における真言宗の有力寺院のひとつです。庭園(国の名勝)のほか、堂塔6棟が国の重要文化財に指定されています。

江戸時代造園の庭園は国の名勝

山号は魔尼宝山(まにほうざん)。
永徳元年(1381年)、当時一帯を支配していた奈良・大乗院が寺領500石を寄進して伽藍を造営。
灌頂堂を本堂とし、鎮守五社や現存の竜泉院をはじめとする寺中十坊を建立しています。
至徳2年(1385年)頃には末寺が22を数えるほどの巨刹でした。

以来、朝倉氏、柴田氏、福井藩松平家、丸岡藩有馬家など、歴代国主領主の祈願所として手厚い保護を受けてきました。
室町建築で国の重要文化財である鎮守堂、開山堂、観音堂をはじめ、柴田勝家寄進の山門(鐘楼門)、室町時代の星図など、国の重要文化財も多数所蔵。
声明の合図に用いられた『金銅宝相華文磬』(こんどうほうそうげもんけい/磬=中国起源の打楽器)は平安時代後期の制作と推測され、国宝です。
本尊の薬師如来立像は、白山を開山した奈良時代の僧・泰澄(たいちょう)の作と伝わっています。

江戸時代前期作という池泉観賞式庭園は、国の名勝。
庭園を正面に眺める方丈は、元禄2年(1689年)に修築されていることから、庭園は元文年間(1736年〜1741年)頃の作庭と推測されています(山裾部分に桃山期作庭の庭園跡があります)。
瀧谷寺は、高知の竹林寺などとともに、室町時代に記された『嵯峨流古法秘伝書』(さがりゅうこほうひでんのしょ)写本の伝承地のひとつで、作庭の裏付けともなる史料になっています。

宝物殿には国宝の『金銅宝相華文磬』のほか、貴重な仏像・仏画や古文書、美術工芸品など400余点を収蔵。

北前船船主を多く輩出した新保(しんぼ)地区の有力者が北前船交易で得た財をもとに寄進した建造物群ということで、日本遺産「荒波を越えた男たちの夢が紡いだ異空間~北前船寄港地・船主集落~」の構成資産にもなっています。

毎年6月第3日曜には、『観音まつり』(如意輪観音の祭礼)で、柴灯大護摩供火渡り(さいとうだいごまくひわたり)が執り行なわれます。

瀧谷寺
名称 瀧谷寺/たきだんじ
所在地 福井県坂井市三国町滝谷1-7-15
関連HP 瀧谷寺公式ホームページ
電車・バスで えちぜん鉄道三国芦原線三国駅から徒歩5分
ドライブで 北陸自動車道金津ICから約14km
駐車場 30台/無料
問い合わせ TEL:0776-82-0216
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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