滋賀県立安土城考古博物館
織田信長の築いた安土城跡、近江源氏の佐々木氏、後に近江守護六角氏の居城となった観音寺城跡周辺に広がる歴史公園が近江風土記の丘(おうみふどきのおか)。その中心施設が滋賀県立安土城考古博物館です。第一常設展示室が考古、第二常…
織田信長の築いた安土城跡、近江源氏の佐々木氏、後に近江守護六角氏の居城となった観音寺城跡周辺に広がる歴史公園が近江風土記の丘(おうみふどきのおか)。その中心施設が滋賀県立安土城考古博物館です。第一常設展示室が考古、第二常…
JR琵琶湖線安土駅の南口ロータリー前にある城郭風の建物が安土城郭資料館。織田信長が築城した安土城のひな形が、実物の20分の1の大きさで再現されています。外観5層内部7階で、内部は狩野氷徳(かのうえいとく)の襖絵や儒教、仏…
平成4年にスペインの「セビリア万国博覧会」で日本館のメイン展示として出展された安土城天主5・6階部分を展示するドームが近江八幡市安土町にある安土城天主信長の館。「セビリア万国博覧会」会場においてももっとも多くの入場者を集…
長編小説『人生劇場』で有名な尾﨑士郎(おざきしろう)は、明治31年、愛知県幡豆郡横須賀町(現・西尾市吉良町)に生誕。故郷である西尾市に平成14年に開館したのが尾﨑士郎記念館。遺族である尾﨑清子・尾﨑俵士親子らから寄贈され…
昭和25年に始まったさっぽろ雪まつりの歴史を紹介する資料館で羊ヶ丘展望台に建つのが「さっぽろ雪まつり資料館」。雪捨て場だった大通り7丁目広場でわずか6基の雪像から雪まつりがスタート。半世紀に渡る雪まつりの歴史をパネルや写…
明治大学山岳部OBで、世界的に知られる冒険家・植村直己(うえむらなおみ)。兵庫県城崎郡日高町(現・豊岡市)の出身であることから故郷・豊岡市日高町の神鍋高原の美しい環境のなかに建つのが植村直己冒険館。登山靴やピッケルなど愛…
美濃国安八郡脇田村(現・岐阜県海津市)出身で、鐘紡中興の祖、日本の紡績王ともいわれる実業家で、後に政治家になった武藤山治(むとうさんじ)の神戸・舞子の有栖川宮別邸(現・舞子ビラ)近くに建てられた別邸。明治40年築の洋館の…
明石海峡に架かる世界最長の吊り橋「明石海峡大橋」(平成10年完成)の技術を多角的に紹介する科学ミュージアムが橋の科学館。明石海峡大橋の神戸側のたもと、舞子公園に建っています。明石海峡側には無料で使える休憩室もあり、明石海…
明石海峡大橋の神戸側のたもと、舞子公園(神戸市垂水区)にある中国式楼閣が孫文記念館(移情閣)。大正4年築のコンクリートブロック造りの建物は国の重要文化財。内部は辛亥革命の父と仰がれる孫文(孫中山)を顕彰する日本で唯一の博…
標津町を走る国道244号(野付国道)沿いの標津港を背にして建つのが北方領土館。北方領土復帰期成同盟が建設し、昭和54年12月3日にオープンしたミュージアムで、北方領土の歴史、動植物、産業と生活、返還要求運動の歩み、ビザな…
足利幕府直轄の金山奉行が伊豆国(現在の静岡県東部、伊豆半島)・土肥(とい)を支配し金を採掘したとも伝わる土肥の金山。昭和40年に閉山されるまで、600年以上にわたって土肥にゴールドラッシュをもたらした金山を観光施設として…
大倉山ジャンプ競技場の一角に建つ「1972年冬季オリンピック札幌大会」の感動と遺産を後世に残し、ウィンタースポーツの歴史を紹介、その普及と発展を目的にした博物館が「札幌オリンピックミュージアム」。
昭和30年に仙台市西公園に開台し、平成10年に錦ケ丘に移転してリニューアルした仙台市天文台。プラネタリウムや、17等星という暗い星まで観測可能な口径1.3mの「ひとみ望遠鏡」、日本有数の規模を誇る展示室が揃い、宇宙を身近…
奥会津、金山町は、日本有数の豪雪地帯(特別豪雪地帯の指定を受けています)。雪深い暮らしを先祖は知恵と巧みな技で克服してきましたが、そんな暮らしの歴史を集大成したのが旧玉梨小学校民具資料館。昭和52年に廃校となった玉梨小学…
北原白秋、西條八十とともに、童謡界の三大詩人と謳われる野口雨情は、茨城県多賀郡磯原町(現・北茨城市)の廻船問屋を営む名家に明治15年5月29日に生誕。その生家は現存し、資料館になっています。磯原の海を望むように建つ雨情の…
明治15年、福島県にほど近い茨城県多賀郡磯原村(現在の北茨城市磯原)で童謡詩人・野口雨情が誕生。生家は、水戸徳川家藩主の御休息所で「観海亭」と称され「磯原御殿」ともいわれた名家です。その野口雨情に関する資料を展示するのが…
高倉健、北大路欣也主演で映画化された『八甲田山』。その原作は新田次郎の小説『八甲田山死の彷徨』ですが、この小説は、明治35年1月に起こった八甲田雪中行軍遭難事件を題材にしたもの。その事件の詳細を解説するのが八甲田山雪中行…
京都・伏見を流れる濠川(ごうかわ・ほりかわ)に面したかつての船宿が寺田屋。三十石船が往来した時代は、大いに賑わったとか。幕末に勤王派の急先鋒であった薩摩藩士が、島津久光の命で同士討ちされた「寺田屋騒動」が起きた場所。さら…