孫文記念館(移情閣)

孫文記念館(移情閣)

明石海峡大橋の神戸側のたもと、舞子公園(神戸市垂水区)にある中国式楼閣が孫文記念館(移情閣)。大正4年築のコンクリートブロック造りの建物は国の重要文化財。内部は辛亥革命の父と仰がれる孫文(孫中山)を顕彰する日本で唯一の博物館になっています。

舞子の六角堂と通称されますが、実は八角堂!

孫文記念館(移情閣)
孫文記念館(移情閣)

華僑の貿易商(浙江省出身の貿易商)・呉錦堂(ごきんどう)の別荘「松海別荘」内にあった八角形の中国式楼閣「移情閣」を移築したもの。
孫文は、大正2年3月14日に神戸を訪れていますが歓迎会の会場となったのが「松海別荘」です。
ただし、孫文が神戸に来た際には、まだこの「移情閣」は建っておらず、大正4年に呉錦堂が自らの還暦と実業界からの引退を記念して建築。
明治、大正時代には風光明媚な舞子の浜には別荘や旅館が建ち並んでいたのです。
昭和3年の神明国道(現・国道2号)の建設で多くの旅館が立ち退きとなり、松海別荘も道路にかかることから解体されましたが、「移情閣」のみ道路脇に残されました。

明石海峡大橋の建設に伴って舞子公園内に移設が決まり、平成12年3月に移設復原が完成しています。

館内には孫文の著作や遺品などの貴重な資料が展示され、建物の前には孫文自筆の石碑「天下為公」も立っています。
舞子海岸にあった「移情閣」は、六甲の山並み、瀬戸内海、淡路島、四国と「移り変わる風情」が楽しめるというのが名の由来。

孫文記念館(移情閣)
孫文の記念像
孫文記念館(移情閣)
移情閣2階部分。八角形になっています
孫文と神戸、舞子
大正2年、孫文は国賓に準ずる待遇で来日。2月13日に日本郵船の2代目「山城丸」で長崎に到着。
その後、特別列車で東京まで移動。途中の停車駅でも熱烈な歓迎を受けています。
東京、横浜、横須賀、名古屋、京都、大阪と各地でまたまた熱烈な歓迎を受け、1ヶ月後の3月13日、大阪から阪神電車で神戸に到着(オリエンタルホテルに投宿)。
神戸では中華会館(現・中華同文学校の南西角に記念碑が立っています)、基督教青年会館での歓迎会に出席しています。
3月14日、神戸華僑同文学校(現・神戸中華同文学校)、川崎造船所を参観後、舞子にある呉錦堂の松海別荘での歓迎午餐会に臨みました。
その後、神戸を夜行で発つという強行スケジュールで広島、福岡、熊本などを回り、3月23日に長崎から離日しています。

孫文記念館(移情閣) DATA

名称 孫文記念館(移情閣)/そんぶんきねんかん(いじょうかく)
Sun Yat-sen Memorial Hall (Ijokaku)
所在地 兵庫県神戸市垂水区東舞子町2051
関連HP 孫文記念館公式ホームページ
電車・バスで JR舞子駅、山陽電鉄舞子公園駅から徒歩5分
ドライブで 第2神明道路名谷ICから約5.2km
駐車場 舞子公園駐車場(212台/有料)
問い合わせ TEL:078-783-7172/FAX:078-785-3440
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
 

 

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