我孫子駅

我孫子駅

千葉県我孫子市にあるJR東日本常磐線・成田線の駅が、我孫子駅(あびこえき)。常磐快速線と、常磐緩行線の停車駅で、常磐緩行線は、東京メトロ千代田線と直通運転しています。千代田線や常磐線の利用者にはおなじみの駅ですが、関東エリアでは屈指の難読駅名になっています。

から揚げそばが名物の「弥生軒」がホームに

手賀沼の入口で、我孫子市の玄関駅でもある我孫子駅。
明治29年12月25日、常磐線の前身となる日本鉄道土浦線の駅として開業した歴史ある駅です。
明治34年4月1日には成田線の前身となる成田鉄道の我孫子駅〜成田駅間も全線開通。

我孫子駅南口には「飯泉喜雄顕彰碑」が立っていますが、我孫子宿の名主・飯泉喜雄が鉄道の敷設なくして我孫子の発展はないと確信し、土地を提供(町の中心に所有する土地と、町外れの鉄道予定地を交換して停車場用地を確保)、鉄道誘致を行なった功績から。
工事着工から8ヶ月後の明治28年に、27歳で我孫子町長に就任、駅前の整備に尽力し、停車場道も築きますが明治39年9月、38歳で他界しています。

平成17年7月9日のダイヤ改正で特急通過駅となり、特急は通過しています。
平成27年3月21日〜令和3年2月28日の間の土休日には、臨時特急「踊り子」の始発駅にもなっていました。

なお、東京メトロ千代田線と直通運転は常磐線(各駅停車)、上野・品川への直通は常磐線(快速)と表示されています。

構内のそば店「弥生軒」は、昭和3年4月18日創業の老舗です(当初は駅弁を扱っていました)。
大きな唐揚げをトッピングできる「唐揚げそば」で知られ、駅弁を製造販売していた昭和17年から5年間、山下清が勤務していました。
東京への通勤・通学客の増加に伴って昭和42年にそば店をオープンし、駅弁の取り扱いは昭和58年頃に終了しています。
麺やつゆも含めて我孫子駅近くの本社工場で製造、1日数回にわけて運び、できたてを店に出しているのだとか。

鉄道開通で白樺派が結集、「北の鎌倉」と呼ばれるように

鉄道開通により、明治時代末には、志賀直哉、武者小路実篤(むしゃのこうじさねあつ)、柳宗悦、バーナード・リーチなどの著名な文化人が手賀沼の周辺に居を構え、別荘も持ち、雑誌『白樺』の同人(白樺派)の拠点となったので、「北の鎌倉」と呼ばれるようになったのです。
とくに志賀直哉は『和解』『暗夜行路』『城の崎にて』『小僧の神様』など、志賀文学の頂点をなす作品を我孫子で執筆を執筆、我孫子を気に入り、武者小路実篤を誘っています。
武者小路実篤が「新しき村」の発会式を行なったのも我孫子です(大正7年)。

我孫子駅
名称 我孫子駅/あびこえき
所在地 千葉県我孫子市本町2-1
関連HP JR東日本公式ホームページ
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
弥生軒(我孫子駅)

弥生軒(我孫子駅)

千葉県我孫子市にあるJR東日本常磐線・成田線の駅、我孫子駅。我孫子駅の構内で営業するそば・うどん店が、弥生軒。昭和3年4月18日創業の老舗で、当初は駅弁を扱っていましたが、駅弁の取り扱いは昭和58年頃に終了し、今では唐揚げがトッピングできる

 

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