『忠臣蔵』の舞台を旅する (4)西尾市にあるゆかりの地へ!

『忠臣蔵』では意地悪い老人に描かれる高家旗本・吉良上野介義央(きらこうずけのすけよしひさ)の領地が、愛知県西尾市吉良町。吉良家は先祖が家康と一緒に人質として今川義元の駿府で暮らすという名家。しかも、地元を歩くと堤防工事、新田開発と、吉良上野介の名君話が数多く出てきます。実は名君だった!ことが判明します。

洪水に悩む領民を救うために築いた堤が現存!

『忠臣蔵』では敵役(かたきやく)として悪く描かれることが多い、吉良上野介ですが、実は、かなりの領民思いの旗本だったことがわかります。
黄金堤は、洪水に悩む領民を救うために私財を投げ打って築いた堤防です。
領地入りした際には、自ら愛馬の赤馬に乗り、路傍ですれ違う領民に親しく声をかけたということで、江戸・天保年間に子供用の玩具(郷土玩具)として「吉良赤馬」が生み出されています。

鎌倉時代築の弥陀堂が愛知県下最古の建築物で国宝に指定されるという金蓮寺(こんれんじ)は、江戸時代に吉良氏の帰依し、寛政年間(1789年〜1801年)に曹洞宗に改宗しているゆかりの寺。

花岳寺の現存する本堂は、吉良上野介義央の寄進。
吉良義央寄進の梵鐘が現存する華蔵寺は、吉良家の菩提寺。
愛知県の文化財に指定される吉良義央の木像があります。

金蓮寺

2017年12月9日

花岳寺

2017年12月9日

華蔵寺

2017年12月9日

黄金堤

2017年12月9日

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