2月15日【今日は何の日?】

2月15日は、平城京遷都の詔が出された日、「春一番の日」、「漂泊の詩人」と呼ばれた西行の忌日、『徒然草』の作者・卜部兼好(うらべかねよし/通称・吉田兼好)の忌日、イベントでかまくら(横手の雪まつり)、六郷のカマクラ「竹うち」(美郷町)、百石えんぶり(おいらせ町)、水海の田楽能舞(池田町)の日です。

平城京遷都の詔

『続日本紀』 和銅元年(708)2月15日条に平城京遷都の詔が出されたと記されています(詔曰。朕祗奉上玄。君臨宇内。以菲薄之徳。処紫宮之尊。常以為。作之者労。居之者逸。遷都之事。必未遑也。而王公大臣咸言。往古已降。至于近代。揆日瞻星。起宮室之基。卜世相土。建帝皇之邑。定鼎之基永固。無窮之業斯在。衆議難忍。詞情深切。然則京師者。百官之府。四海所帰。唯朕一人。豈独逸予。苟利於物。其可遠乎。昔殷王五遷。受中興之号。周后三定。致太平之称。安以遷其久安宅。方今,平城之地。四禽叶図。三山作鎮。亀筮並従。宜建都邑。宜其営構資,須随事条奏。亦待秋収後。令造路橋。子来之義,勿致労擾。制度之宜。令後不加。)

遷都を決断した天皇は元明天皇。
藤原京(奈良県橿原市)から平城京へと遷都しますが、ここで大陸からの文化を吸収昇華し、日本独自の文化が花開きます。
その意味では日本スタイルが確立した都といえます。
下の画像は平城宮跡に復元された朱雀門(すざくもん)。
中国の条坊制を模範に造営された古代都城では、朱雀門は宮城(大内裏)に南面する正門。
四神において南方を守護するとされる朱雀の名を冠し、宮城の12の門のうち最も重要な門です。

平城京朱雀門

平城京・羅城門跡

708年(和銅元)年、元明天皇により遷都の詔が出され、710(和銅3)年3月10日に遷都された「奈良の都」が平城京。唐に倣った古代の都は、南北に長い長方形で、中央の朱雀大路を軸として右京と左京に分かれ、朱雀大路の南端に置かれた都の正門が羅城

平城宮跡

710(和銅3)年、元明天皇により飛鳥藤原京から奈良に遷都された平城京。道路を碁盤の目のように整備して大極殿、内裏、朝堂院が並び、その中央北端にあった平城宮の宮城である平城宮は南北約1km、東西約1.3kmの規模。内裏や、役所、庭園などが設

平城宮跡・東院庭園

昭和42年に平城宮東張出し部の南東隅に発見された庭園跡。『続日本紀』に記される平城宮の「東院」にあたることから東院庭園と名付けられました。発掘調査の結果、東西80m×南北100mの敷地のなかに洲浜敷の池が設けられ、その周囲に建物が配されてい

平城宮跡・大極殿

奈良時代の日本の首都、平城京。日本の古代の都は、唐の条坊制を模範に造営されているため、平城京の中央北辺に朝廷の正殿となる大極殿(だいごくでん)などのある平城宮(内裏)を配置しました。平城京の南端中央にある羅城門(平城京正門)と、平城宮正門で

平城宮跡・朱雀門

平城京の中央北側にあった宮城が平城宮で、東西1.3km、南北1kmの規模で周囲には高さ5mの大垣が巡らされていました。平城宮の正門にあたるのが平城宮の中心道路で幅74mの朱雀大路に面した朱雀門。平城京遷都1300年の記念事業の一環として平成

六郷のカマクラ「竹うち」|美郷町

毎年2月11日〜2月15日、秋田県美郷町で『六郷のカマクラ』が行なわれます。
小正月に行なわれる一連の行事で、豊作祈願、安全繁栄を祈る「祈年」と凶作や不幸を除去する「悪魔祓い」、そしてその年の吉凶を占う「年占い」の3つが一体となった行事。
男たちが南北に分かれて竹で打ち合う「竹うち」は2月15日に行なわれます。

六郷のカマクラ

六郷のカマクラ|美郷町|2026

2026年2月10日(火)〜2月14日(土)、美郷町で『六郷のカマクラ』が行なわれます。小正月に行なわれる一連の行事で、豊作祈願、安全繁栄を祈る「祈年」と凶作や不幸を除去する「悪魔祓い」、そしてその年の吉凶を占う「年占い」の3つが一体となっ

かまくら(横手の雪まつり)|横手市

秋田県横手市で『かまくら』(横手の雪まつり)が行われます。
冬に横手に行けばいつでも「かまくら」があると思ったら大間違い。
実は「かまくら」は、水神様を祀る旧暦・小正月の行事。
直前の完成、終了翌日17日の取り壊しで、毎年2月15日〜2月16日だけが見学のチャンスになっているのです。

かまくら(横手の雪まつり)

かまくら(横手の雪まつり)|横手市|2026

2026年2月13日(金)〜2月14日(土)18:00〜21:00、秋田県横手市で『かまくら』(横手の雪まつり)が行われます。冬に横手に行けばいつでも「かまくら」があると思ったら大間違い。実は「かまくら」は、水神様を祀る小正月の行事。直前の

百石えんぶり|おいらせ町

2月15日〜2月17日、おいらせ町で『百石えんぶり』が行なわれます。
旧百石町(ももいしまち)に伝わる『百石えんぶり』は、天保年間から190年以上の歴史と伝統を誇る豊作祈願の伝統芸能で、五戸通り(現五戸町)の「ドウサイえんぶり」の流れをくみ、現在では百石えんぶり組のみが唯一、その型を継承しています。

百石えんぶり

百石えんぶり|おいらせ町

2月15日〜2月17日、おいらせ町で『百石えんぶり』が行なわれます。旧百石町(ももいしまち)に伝わる『百石えんぶり』は、天保年間から190年以上の歴史と伝統を誇る豊作祈願の伝統芸能で、五戸通り(現五戸町)の「ドウサイえんぶり」の流れをくみ、

水海の田楽能舞|池田町

福井県池田町水海の鵜甘神社(うかんじんじゃ)で『水海の田楽能舞』(みずうみのでんがくのうまい)が奉納されます。
正午からの禊(みそぎ)に続き、13:00頃〜17:00頃、鎌倉時代から伝わる伝統の田楽、能楽で、古式に従って田楽4番と能楽5番が厳かに奉納されます。
国の重要無形民俗文化財に指定。

水海の田楽能舞

水海の田楽能舞|池田町

毎年2月15日、福井県池田町水海の鵜甘神社(うかんじんじゃ)で『水海の田楽能舞』(みずうみのでんがくのうまい)が奉納されます。正午からの禊(みそぎ)に続き、13:00頃〜17:00頃、鎌倉時代から伝わる伝統の田楽、能楽で、古式に従って田楽4

西行忌

歌人・西行法師は文治6年2月16日(1190年3月31日)。2月16日ですが、「願はくは花の下にて春死なむ そのきさらぎの望月の頃」の歌から、2月15日を忌日としています。

西行は藤原秀郷の末裔。つまりは秀郷流武家藤原氏の出自で、18歳で左兵衛尉(左兵衛府の第三等官)に任ぜられ、鳥羽院(鳥羽法皇)の北面武士(ほくめんのぶし=上皇の警護を担当)として活躍。
失恋あるいは友人の死をきっかけに保延6年(1140年)23歳で出家。
諸国を巡る漂泊の旅に出て、多くの和歌を残しました。

「旅の詩人」「漂泊の詩人」と呼ばれ、芭蕉もその姿に憧れました。
『吾妻鏡』には源頼朝との面会も記されています。
河内国の弘川寺(大阪府南河内郡河南町)に庵居し、建久元年(1190年)に河内で入寂。
吉野山には西行が庵を結んだ西行庵の跡が、墓は弘川寺にあります。

西行庵

西行庵

吉野山・奧千本の地主神、金峯神社から山道を15分ほど歩けば、西行庵。桜(当時は山桜)を愛した漂泊の歌人・西行は、「吉野山去年(こぞ)の枝折(しをり)の道かへて まだ見ぬかたの花を尋ねん」(『新古今集』春上86)など、吉野の歌を数多く残してい

西行塚

西行塚

漂泊の歌人といわれた西行は、晩年を現在の大阪府河南町の弘川寺に庵を結び、そこで没しています。弘川寺は再行の籠もった吉野山の金峯山寺(きんぷせんじ)と同じ、役行者創建と伝わり、空海にもゆかりがあります。西行は空寂上人を慕って訪れ、ここを終の棲

弘川寺

弘川寺

天智天皇4年(665年)、修験道の開祖・役小角(えんのおづぬ=役行者)によって創建されたという古刹、弘川寺(ひろかわでら)。役小角自刻という薬師如来像が本尊です。弘仁3年(812年)空海が中興、文治4年(1188年)には空寂が後鳥羽天皇の病

兼好忌

『徒然草』の作者・卜部兼好(うらべかねよし/通称・吉田兼好)は、正平5年2月15日没。卜部氏は古代より卜占を司り神祇官を出す神職の家柄。
吉田兼好と通称されますが、正しくは卜部兼好です。
父・吉田兼顕(卜部兼顕)も吉田神社(京都市左京区吉田)の神職でした(諸説あります)。
墓は京都の長泉寺にあります。

吉田神社

吉田神社

京都市左京区吉田神楽岡町の吉田山に鎮座する古社、吉田神社。貞観元年(859年)、藤原山蔭が一門の氏神として、奈良の春日大社から四座の神々を勧請して創建し、平安京における藤原氏の氏神として尊崇されました。室町末期に吉田兼倶が吉田神道(唯一神道

春一番の日

昭和38年2月15日付の朝日新聞朝刊での「春の突風」という記事に「春一番」の記述があり、これにより「春一番名付けの日」と呼ばれています。
「春一番」が一般に知られるようになったのは、昭和34年の『俳句歳時記』(平凡社)に登場してからだとか。
ただし、「安政6年旧2月13日、当時60戸の元居地区(現・長崎県壱岐市郷ノ浦町郷ノ浦)から五島沖の喜三郎曽根へ出漁した。天気晴朗であったというが“からし落し”をくうて地区外のカコ数名を含めて53人が遭難し、全員水死した。(中略)青天のヘキレキとはいえ働き盛りは全滅、一挙に40余名の寡婦が生れた。(中略)この時から元居地区では春のはじめの強い南風を“春一”あるいは“春一番”とよぶようになった。」(「春一番」内嶋善兵衛)とあります(春一番壱岐発祥説)。
ところが若狭、志摩、伊勢、瀬戸内海の漁師もハルイチ(春一番)と呼んでいたといいますから必ずしも壱岐が発祥の地ともいえないわけです。

春一番の塔

【知られざるニッポン】vol.60 春一番のルーツは、壱岐の海難事故にある!

キャンディーズのヒット曲『春一番』のイメージで、南から吹くそよ風のように思われている春一番ですが、実は春先に吹く恐ろしい暴風(南風)。実はこの春一番という言葉が定着したのは昭和39年頃ですが、ルーツは53人の漁師が命を落としたという江戸時代

春一番の供養塔

春一番の供養塔

長崎県壱岐市郷ノ浦町、郷ノ浦港のすぐ西、本居浦八幡崎にある江戸時代に起きた海難事故の供養塔が春一番の供養塔。安政6年2月13日(1859年3月17日)、本居浦から4人〜5人乗りの漁船7艘が喜三郎曽根(きさぶろうそね)に出漁しましたが、折から

ツクールの日

296(ツクール)の語呂合わせで、2.15(9+6)であることから、ゲームソフトプログラムの知識がない人でも、手軽にゲーム制作が楽しめるソフトウェア「ツクール」シリーズを手がける株式会社エンターブレインが制定。

2月15日生まれの有名人は?

俳優・本郷功次郎、俳優・近藤正臣、俳優・清水章吾、漫画家・わたせせいぞう、漫画家・いしかわじゅん、漫画家・陸奥A子、落語家・立川志の輔、サイエンスプロデューサー・米村でんじろう、女優・浅田美代子、漫画家・ひかわきょうこ、落語家・3代目桂小春團治、タレント・坂上みき、プロレス・ウルトラマンロビン、俳優・瀬下尚人、歌手・堀ちえみ、タレント・月亭方正、女優・和央ようか、プロレス・吉田万里子、タレントのインリン・オブ・ジョイトイ、歌手・草野博紀、歌手(Perfume)・西脇綾香ほか。

2月15日生まれの誕生花は?

杉の葉、三椏(みつまた)、ヒース(蛇の目エリカ)

明日は何の日? 昨日は何の日?

2月16日【今日は何の日?】

2月16日は、日蓮聖人が生まれた日、日蓮聖人降誕会(日蓮の誕生日)です。誕生寺(千葉県鴨川市)では『宗祖御降誕会』が執り行なわれます。寒天の日、日本で最初に天気図の作られた日、もっそう祭(輪島市)、『土佐日記』の旅終わる日(紀貫之が京に帰着

2月14日【今日は何の日?】

2月14日は聖バレンタインデー。第1回箱根駅伝開催、そして古いところでは、聖武天皇が「国分寺・国分尼寺建立の詔」を出した日です。ユニークなのは、イケメンの日、ふんどしの日。そして伊吹山で11m82cmの積雪量世界一を記録した日です。聖バレン

よく読まれている記事

こちらもどうぞ