「宝永大地震」と「富士山宝永大噴火」の関係とは!?

宝永4年10月4日(1707年10月28日)、東海道沖から南海道沖を震源とした巨大地震が、宝永大地震。江戸時代の南海トラフ巨大地震ですが、その49日後には富士山の宝永大噴火が発生しています。「亥の大変」(いのたいへん)と呼ばれた宝永地震は「亥の砂降り」の宝永大噴火の引き鉄だったのでしょうか?

宝永大地震の4年前には元禄大地震が発生

宝永大地震・富士山宝永大噴火に遡ること4年前の元禄16年11月23日(1703年12月31日)には、房総半島の南端(現・千葉県南房総市、野島崎あたり)、相模トラフ沿いを震源とする推定マグニチュード 8.2の大地震、元禄大地震が発生しています。

実はこの地震もクセモノで、大正12年9月1日に発生した関東大震災と類似のタイプの相模トラフを震源とする海溝型地震です。
つまりは、フィリピン海プレートが陸側のプレートに沈み込む境界で発生しているのです。
関東大震災というと、直下型と誤解している人もいますが、実は「相模トラフ巨大地震」というのが正解で、「相模トラフ巨大地震」・元禄大地震〜(4年後)〜「南海トラフ巨大地震」・宝永苑大地震〜(49日後)〜富士山宝永大噴火という図式になります。

元禄大地震でも犬吠埼(千葉県銚子市)から下田(静岡県下田市)までの沿岸で大津波が起こり、1万人余りが亡くなっています。
この元禄大地震の直後、記録では、富士山では噴火には至らなかったものの、火口周辺での地鳴りや軽微な噴気活動が報告されているので、地震が地下のマグマ活動に何らかの影響を与えていたことがわかります。

富士山は「噴火スタンバイ状態」!?

富士山は、フィリピン海プレート、太平洋プレートという海のプレートと、北アメリカプレート、ユーラシアプレートという陸のプレートがせめぎ合う場所。
この4枚のプレートで日本列島は、2000万年前に生まれているのです。

4つのプレートがぶつかり合うのは、トルコも同じで(アナトリアプレート、ユーラシアプレート、アラビアプレート、アフリカプレート)、トルコも「地震大国」となっています。

逆にいえば、世界的にも非常に珍しい、危険地帯ともいえるかもしれませんが、それ故に富士山や、箱根、伊豆半島という富士箱根伊豆国立公園という世界にも誇れる美しい景観が生まれているのです。

とくに富士山の近傍、北アメリカプレート、ユーラシアプレート、フィリピン海プレートがぶつかる「プレートの三重会合点」(3枚ものプレートが重なり合う地球上でも珍しい場所)があるのです。

しかも富士山の場所は、南海トラフの東端・駿河トラフと、相模トラフという海底の凹地の延長上に位置しています(深海の駿河湾も)。

プレートのさらに下には、マントルがあり、そこでマグマを生成。
マグマは、フィリピン海プレートの裂け目を利用して上昇、噴火が生まれやすいことに。
つまり、地下にマグマが蓄えられ、常に富士山は噴火しやすい状況が確保されていることになるのです。

美しい円錐形の姿は、海のプレートがつくる玄武岩質のマグマによって誕生したもの。
度重なる噴火で今の形となったのです。

元禄大地震の4年後の宝永大地震は、南海トラフ沿いで発生したマグニチュード8.6前後の巨大地震で、東海・東南海・南海の三連動型地震だったと推測されています。

その49日後の富士山宝永大噴火は、地震による圧力の変化がマグマの上昇促進を来した、地震で割れ目が生まれマグマの通る火道を形成したと推測できます。

平成23年3月11日の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)は、富士山内部のマグマだまりに「ひび割れ」が生じ、いつ噴火してもおかしくない状況に変化しています。
もし、南海トラフ巨大地震が発生したら(想定される次回の南海トラフ巨大地震はマグニチュード9.1という大地震)、富士山は噴火するのではと危惧する火山学者、地球科学者がいるのはそのためです。

「宝永大地震」と「富士山宝永大噴火」の関係とは!?
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