お茶屋屋敷跡

お茶屋屋敷跡

岐阜県大垣市赤坂町にある、慶長10年(1605年)頃、徳川家康が上洛途中の休泊施設として築いた御殿の跡がお茶屋屋敷跡。江戸に幕府を開いた家康は、五街道の整備に着手し、慶長14年(1609年)、中山道の要衝、勝山の北側に自ら上洛の往復時に休泊するための施設として御茶屋屋敷(御茶屋御殿)を設置しています。

「赤坂ボタン園」として4月下旬~5月上旬に開園

お茶屋屋敷跡

織田信長が岐阜金華山の山麓に築いた居館、千畳敷御殿を徳川家康がこの地に移築したのが始まり。
これが街道時代に本陣の原形となったことは容易に想像ができます。
御殿という優雅な名前とは別に、土塁や濠など中世的な防御的備えも有し、東面中央部には大手門、四隅には櫓も備えていたと推測され、宿泊施設というより前線の砦的な色彩が強いのが特徴。
現在は個人所有の東海有数のボタン園である「赤坂ボタン園」となっていますが、創建当時の城郭様式を偲ぶ土塁や空壕の一部が現存しているので、ぜひ見学を(4月下旬~5月上旬のボタン開花時期に公開)。

御茶屋御殿とは!?

御茶屋御殿は江戸と京を結ぶ東海道、中山道や狩りに行く際、駿府往復、日光社参の街道途中に設置された将軍専用の宿泊施設。
3代将軍・徳川家光以降は、上洛の必要がなくなったこと、大名などは本陣に宿泊したことから、近世に取り払われ、実際の御殿の建物は現存していません。
そのなかで、大垣市の赤坂宿に残るお茶屋屋敷跡は、敷地が遺構として残された貴重な例。
近隣の中山道では、滋賀県野洲市永原の永原御殿跡(ながはらごてんあと)が御茶屋御殿の遺構です。

お茶屋屋敷跡
名称 お茶屋屋敷跡/おちゃややしきあと
所在地 岐阜県大垣市赤坂町
関連HP 大垣市公式ホームページ
電車・バスで JR美濃赤坂駅から徒歩5分
ドライブで 名神高速道路大垣ICから約12km
駐車場 20台/無料
問い合わせ 大垣市商工観光課 TEL:0584-47-8597
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
赤坂宿

赤坂宿

岐阜県大垣市にある中山道・美濃十六宿のひとつが赤坂宿(美濃赤坂)。中山道69次のうち、江戸から数えて56番目の宿場で、平安時代から鎌倉時代にかけては杭瀬川駅(くいせがわえき)、江戸から明治にかけては赤坂湊(杭瀬川の川湊で現在も宿場の東に湊の

 

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