赤穂城・二ノ丸庭園(旧赤穂城庭園)

赤穂城・二ノ丸庭園

兵庫県赤穂市にある赤穂藩(加里屋藩)の藩庁が置かれた赤穂城。日本100名城に選定されているものの、建築物は現存していません。現存する二の丸庭園と、本丸庭園は、旧赤穂城庭園として国の名勝になっています。公開にあたって細長い池泉の往時の姿に復元されています。

赤穂城二の丸、大石頼母助屋敷に築かれた庭園

赤穂城・二ノ丸庭園

築城当時は、城郭南半部が瀬戸内海に面する海城だったという赤穂城。
千種川上流から取水された上水が、城内や城下の生活用水となったほか、二の丸庭園、本丸庭園の池泉の水としても活用されていました。

二の丸庭園は、本丸門前の大石良重(おおいしよししげ/大石頼母助・おおいしたのものすけ=大石良勝の次男で、藩主・浅野家時代の家老)の屋敷南面から二の丸西仕切にまで到達する巨大な池からなる大規模な庭園。
正保2年(1645年)、常陸国・笠間藩から浅野長直(あさのながなお)が入封、赤穂城築城に際し、築城を担当した家臣で甲州流軍学者・近藤正純(こんどうまさずみ)が、その師である山鹿素行(築城中に9ヶ月滞在)とともに作庭。

二の丸は大石内蔵助の大伯父にあたる家老・大石良重が屋敷を構え、山鹿素行の日記には、大石邸の庭園「錦帯池」に浮かべた龍船で舟遊びをした記録が残されており、二の丸庭園の池が「錦帯池」と呼ばれていたことがわかっています。
池の上流側には流れをつくり、下流部に舟を浮かべることのできる雄大な空間をつくっていました。

廃城後は民有地となり田畑に改変されるなどして荒廃しましたが、平成14年から復元工事が始まり、平成28年に一般公開が開始。
二之丸庭園の西仕切土塀などが復元され、現在も復元が進行中で、イベントとして池泉を和舟で巡る屋形舟遊覧も行なわれています。

赤穂城・二ノ丸庭園
赤穂城・二ノ丸庭園(旧赤穂城庭園)
名称 赤穂城・二ノ丸庭園(旧赤穂城庭園)/あこうじょう・にのまるていえん(きゅうあこうじょうていえん)
所在地 兵庫県赤穂市上仮屋
関連HP 国史跡赤穂城跡公式ホームページ
電車・バスで JR播州赤穂駅から徒歩20分
ドライブで 山陽自動車道赤穂ICから約4.8km
駐車場 赤穂城跡東駐車場(90台/無料)、赤穂城跡西駐車場(100台/無料)、赤穂大石神社駐車場(50台/無料)
問い合わせ 赤穂観光協会 TEL:0791-42-2602/赤穂市産業観光課 TEL:0791-43-6839
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

赤穂城

常陸国笠間藩から入封した浅野長直(あさのながなお)が、慶安元年(1648年)から13年の歳月を費やして築城した名城が赤穂城。甲州流軍学による縄張りは、本丸と二の丸は輪郭式、二の丸と三の丸の関係は梯郭式で、近世城郭史上珍しい変形輪郭式の海岸平

赤穂城・本丸庭園(旧赤穂城庭園)

赤穂城・本丸庭園(旧赤穂城庭園)

兵庫県赤穂市にある赤穂藩(加里屋藩)の藩庁が置かれた赤穂城。日本100名城に選定されているものの、建築物は現存していません。現存する本丸庭園と、二の丸庭園は、旧赤穂城庭園として国の名勝になっています。天守台石垣横に池泉の広がる本丸庭園は散策

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でニッポン旅マガジンをフォローしよう!

ABOUTこの記事をかいた人。

日本全国を駆け巡るプレスマンユニオン編集部。I did it,and you can tooを合い言葉に、皆さんの代表として取材。ユーザー代表の気持ちと、記者目線での取材成果を、記事中にたっぷりと活かしています。取材先でプレスマンユニオン取材班を見かけたら、ぜひ声をかけてください!

おすすめ

よく読まれている記事

こちらもどうぞ