三ツ城古墳

三ツ城古墳

広島県東広島市にある古墳群が、国の史跡となる三ツ城古墳(みつじょうこふん)。三ツ城古墳の1号墳は、墳丘長92mの前方後円墳で、広島県下最大の古墳です。須恵器のうちでも初期のTK73型式が出土することから、5世紀前半の築造と推測されています。平成2年度〜平成5年度に復元工事が行なわれ、三ツ城近隣公園として開放。

1号墳は広島県最大の前方後円墳

三ツ城古墳

西条盆地の南縁、八幡山からのびる丘陵の末端に築かれた巨大な前方後円墳。
後円部、前方部とも墳丘は3段築成で、斜面は葺石で覆われ、テラスには円筒埴輪、形象埴輪が並んでいました。
衣蓋形埴輪(きぬがさがたはにわ=古墳時代の羽根飾りのついた日傘をモデルにした埴輪)も各所に立てられ、古墳全体では1800本余りの埴輪が使われています。
墳丘の左右くびれ部には祭壇と推測できる四角い造出しがあり、須恵器、土師器が出土。
古墳を取り囲んで、深さ1m前後の周溝(空濠)が巡っています。

埋葬施設は後円部に3ヶ所あり、1号埋葬施設からは女性の人骨とともに, 銅鏡、首飾り、鉄製の 刀など、後円部の中心にある最大の2号埋葬施設からは男性の人骨(中心的な被葬者)とともに、首飾り、櫛、銅製のブレスレット、鉄製の刀などが、3号埋葬施設からは首飾り、鉄製の剣、鉾(ほこ)、 鏃(やじり)が出土しています。

畿内のヤマト王権と密接な関係を有した古代の安芸の国の大豪族の墓と推測されています(安芸国を統一する首長の出現を示す古墳)。
ただしヤマト王権の大王墓とは異なり(「王家の石棺」は長持形石棺)、箱形石棺に埋葬されるていることから、安芸に根ざした首長であることがわかります。
同じ頃、畿内では日本最大、墳丘長525mの大仙陵古墳(だいせんりょうこふん/5世紀前半〜5世紀中頃)も築かれ、古墳が大型化した時代です。

三ッ城第2号古墳は、直径25m、高さ4mの円墳(5世紀の前半、最初の築造)、三ッ城第3号古墳は、長径8m、短径4m、高さ1mの楕円形の古墳(6世紀前半、最後の築造)。

三ッ城近隣公園管理棟内に「三ッ城古墳パネル展示室」があり、古墳についての解説パネルや埴輪のレプリカなどを展示が行なわれています。

広島県の巨大古墳は、最大の三ツ城古墳に続き、第2位・甲立古墳(墳丘長77.5m、安芸高田市/4世紀後半)、第3位・辰の口古墳(墳丘長77m、神石高原町/4世紀後半)、第4位・二子塚古墳(丘長68m、福山市/7世紀初頭)の順です。

三ツ城古墳
1号墳(右・前方後円墳)と2号墳(左・円墳)
三ツ城古墳
名称 三ツ城古墳/みつじょうこふん
所在地 広島県東広島市西条中央7-24
関連HP 東広島市公式ホームページ
電車・バスで JR西条駅からブールバール広島大学線で6分、市立中央図書館前下車、徒歩5分
ドライブで 山陽自動車道西条から約5km
駐車場 25台/無料
問い合わせ 東広島市生涯学習部文化課 TEL:082-420-0977/FAX:082-422-6531
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

 

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