斜里駅(現・知床斜里駅)と越川駅を結んだ国鉄根北線(こんぽくせん)。昭和45年に廃止されましが、計画では根北峠を越え、標津線の根室標津駅と結ぶ予定でした。昭和14年に完成したのが越川橋梁(第一幾品川橋梁)。国の登録有形文化財になっているコンクリート製の橋梁は、長さ144m、高さ18mのアーチ橋です。
開通することがなかった根北線の10連アーチ橋
根北峠は、その名の通り根室国と北見国の国境。
北方警備の重要な場所として、その輸送路確保のためにも鉄道建設が急がれたのです。
士幌線で培われた技術が生かされたといいますが、突貫工事を余儀なくされたため、労働者に対する過酷な使役がありました。
強制連行された人たちのなかには人柱となった人もいると地元では語り継がれています。
国道244号の拡張工事のため、10連コンクリートアーチ橋のうち、国道上の橋脚2本が撤去されていますが、残りのアーチは健在。
実際には越川駅から先は開通していないため、一度も列車は走っていません。
全線開通は幻だった!? 国鉄根北線
もともと国鉄根北線は根室国と北見国を結ぶ鉄道。
オホーツク海沿いの斜里の森林開発、入植地の拡大、農産物の輸送のため、大正11年に建設が決定。
昭和6年の満州事変の勃発で北海道防衛の気運が盛り上がり、昭和12年に建設が予算化され、昭和13年に建設が始まりました。
昭和16年、太平洋戦争戦争の激化による物資の不足で工事は中断。
昭和32年に斜里駅〜越川駅(斜里駅〜以久科駅〜西二線仮乗降場〜下越川駅〜十四号仮乗降場〜十六号仮乗降場〜越川駅/12.8km)が盲腸線として開通。
未完成の予定部分は越川駅〜上越川駅〜瑠辺斯駅〜糸櫛別駅〜古多糠駅〜浜古多糠駅〜忠類駅〜根室標津駅
国道244号の整備により昭和45年に廃線となっています。
オホーツク海沿いの斜里の森林開発、入植地の拡大、農産物の輸送のため、大正11年に建設が決定。
昭和6年の満州事変の勃発で北海道防衛の気運が盛り上がり、昭和12年に建設が予算化され、昭和13年に建設が始まりました。
昭和16年、太平洋戦争戦争の激化による物資の不足で工事は中断。
昭和32年に斜里駅〜越川駅(斜里駅〜以久科駅〜西二線仮乗降場〜下越川駅〜十四号仮乗降場〜十六号仮乗降場〜越川駅/12.8km)が盲腸線として開通。
未完成の予定部分は越川駅〜上越川駅〜瑠辺斯駅〜糸櫛別駅〜古多糠駅〜浜古多糠駅〜忠類駅〜根室標津駅
国道244号の整備により昭和45年に廃線となっています。
越川橋梁 | |
名称 | 越川橋梁/こしかわきょうりょう |
所在地 | 北海道斜里郡斜里町越川245-8 |
関連HP | 斜里町公式ホームページ |
ドライブで | 根室中標津空港から約50km。女満別空港から約63km |
駐車場 | 5台/無料 |
問い合わせ | 斜里町商工観光課 TEL:0152-23-3131 |
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。 |
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