岡倉天心旧宅

岡倉天心旧宅

平成26年3月に「岡倉天心旧宅・庭園および大五浦・小五浦」として国の登録記念物になった茨城県北茨城市の岡倉天心関連の旧跡。平成25年公開の映画『天心』(主演:竹中直人)でも再注目された岡倉天心は明治31年、東京美術学校校長を辞職後、日本美術院を設立し、明治36年に五浦に転居しています。

横山大観、菱田春草、下村観山らも五浦に集結

岡倉天心旧宅

東京開成学校(現・東京大学)時代に、アーネスト・フェノロサに師事し、フェノロサが東洋美術に大きな関心をよせたのに触発された天心は、日本美術への造詣を深めます。

明治維新後、神仏分離、廃仏毀釈の嵐にさらされ、壊滅の危機にある日本の伝統美術を守るため、岡倉天心は東奔西走の日々を送ります。
明治23年、東京美術学校(東京藝術大学の前身)の校長に就任しますが、生徒には横山大観、菱田春草、下村観山らを抱えていました。
岡倉天心は、日本美術の伝統を踏まえた新しい日本画を創造しようと狩野芳崖や橋本雅邦などを教授に任命して尽力しますが、勢力を増す西洋画派との対立が激化し、さらには女性問題も絡んで東京美術学校を排斥されてしまいます。
その後、東京・谷中(現・台東区谷中5/岡倉天心記念公園)に日本美術院を立ち上げますが経営難になり新天地を求め茨城県の五浦に「六角堂」を建設。
さらに日本美術院を移転し、横山大観、菱田春草、下村観山、木村武山も加わって、新しい日本画の創造運動を展開。
当時、五浦海岸は日本近代の美術の中心的な存在となったのです。

当初は古い料亭を住居としていましたが、アメリカから帰国した明治38年に、平潟の棟梁・小倉源蔵に託して住居を建築。
自らのの設計による住居は、62坪ありましたが明治40年に増築し大邸宅となったのです。
残念ながら東側にあった離れと、西側奥の間は現存していません。

五浦海岸の固い岩盤上に建つ岡倉天心旧宅ですが、その敷地の一部はダイナマイトを用いて造成されています。
母屋の中心部分や長屋門は当時のままに現存しています。

眼前に広がる太平洋(大五浦・小五浦)も借景として庭園の一部に取り入れられ、海岸の一等地には六角堂が建てられています。

岡倉天心旧宅 DATA

名称 岡倉天心旧宅/おかくらてんしんきゅうたく
所在地 茨城県北茨城市大津町五浦
関連HP 茨城大学五浦美術文化研究所公式ホームページ
電車・バスで JR常磐線大津港駅からタクシーで5分。市内循環バスで15分(平日のみ運行)
ドライブで 常磐自動車道北茨城IC、または、いわき勿来ICから約10km。
駐車場 市営五浦駐車場(30台/無料)
問い合わせ 茨城大学五浦美術文化研究所 TEL:0293-46-0766
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

岡倉天心の墓

2018.12.03

五浦海岸 六角堂

2018.12.03

岡倉天心記念公園(岡倉天心旧居跡)

2018.07.08

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でニッポン旅マガジンをフォローしよう!

関連記事

よく読まれている記事

こちらもどうぞ