鍋島灯台

鍋島灯台

香川県坂出市の鍋島に建つ明治5年11月15日(1872年12月15日)に初点灯という歴史ある灯台が鍋島灯台(なべしまとうだい)。明治時代初めの文明開化時に来日したお雇い外国人のブラントン(「日本の灯台の父」)が設計した瀬戸内海最古の灯台が現役で点灯し、経済産業省の近代化産業遺産にも登録されています。海上保安庁の保存灯台Aランクに指定。

本州四国連絡橋から眼下に

鍋島灯台

リチャード・ヘンリー・ブラントン(Richard Henry Brunton)は、7年6ヶ月の間に近代灯台26基を設計していますが、瀬戸内海では、塩飽諸島(しわくしょとう)の鍋島灯台のほかに、安芸灘・伊予灘間の釣島灯台(愛媛県松山市、明治6年6月15日初点灯)を設計しています。
当初の光源は植物油だったという歴史ある灯台で、石造の鍋島退息所は、昭和32年公開の映画『喜びも悲しみも幾歳月』のロケにも使われています。

明治5年12月2日の西暦移行前のため、明治5年11月15日初点灯となっていますが、西暦に換算すると12月15日、そのため銘板には「ILLUMINATED  15TH  DEC  1872」(初点灯1872年12月15日)と記されています。
創建当初の鍋島灯台は、瀬戸内海にはわずか5基(江埼灯台、部埼灯台、和田岬灯台、釣島灯台、鍋島灯台)の灯台しかなかったため、「停止信号」としての扱いでした。
つまり、地形も複雑な瀬戸内海を夜間航行は危険が伴うため、停泊地までの目標に使用し、いったん停泊地に寄港して、夜明けを待つための光だったというわけなのです。

塔高は9.8mですが海面から灯火までは29mあり、光は11海里(20km)先まで到達、備讃瀬戸航路の安全の要となっています。

平成3年3月29日に無人化され、石造の退息所(灯台職員宿舎)など付帯施設は四国村(四国民家博物館)(香川県高松市)に移築保存されています(四国村鍋島燈台退息所として国の登録有形文化財に指定)。
鍋島は、現在では与島と防波堤でつながる無人島で、本州四国連絡橋から眼下にすることができます。
通常は鍋島には、安全のため立ち入れませんが(フェンスで囲まれています)、灯台の日(11月1日)前後の日に一般公開されることがあります(例年、10月下旬頃海上保安庁のWEBページで発表)。

経済産業省の近代化産業遺産は、「安全な船舶航行に貢献し我が国の海運業等を支えた燈台等建設の歩みを物語る近代化産業遺産群」として登録。

香川県にはもうひとつ、映画『喜びも悲しみも幾歳月』の舞台になった男木島灯台(おぎしまとうだい/高松市男木島)があり、Aランクの保存灯台、日本の灯台50選に選定されています。

名称 鍋島灯台/なべしまとうだい
所在地 香川県坂出市与島町1016
関連HP 坂出市観光協会公式ホームページ
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

男木島灯台

男木島の北端に明治28年に建てられた全国でも珍しい総御影石造りの灯台が男木島灯台。日清戦争直後の海運助成策で、急増する瀬戸内海航路の安全のために灯台が建設されました。総御影石造りで無塗装の灯台は角島灯台(つのしまとうだい/山口県)と全国2ヶ

釣島灯台・ 釣島灯台旧官舎

釣島灯台・釣島灯台旧官舎

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