【ルーツを探る】けんちん汁は、建長寺ゆかりではない!?

鎌倉を旅すると、「建長寺ゆかりのけんちん汁」という看板やフレーズを見かけることがあります。鎌倉、北条時頼が創建した禅寺・建長寺の修行僧が作った精進料理のなかにある「建長汁」(けんちょうじる)の転訛というのが通説です。ところがこの通説、料理の事典などでは記載がなく、疑問符が付くのです。

鎌倉五山第一位・建長寺に伝わる「けんちん汁」

建長寺門前「点心庵」の「伝承 建長汁(けんちん汁)塩むすび(2個)付」

建長寺の建つ北鎌倉にある有名な「点心庵」は、まさに門前の料理屋。
ごぼう、れんこん、大根、人参、里芋などの根菜、こんにゃくなどをごま油で炒め、椎茸の出汁をメインにした汁に入れる「けんちん汁」が名物です。
しかもこの「けんちん汁」、建長寺直伝ということで、まさに店のキャッチフレーズである「茶禅一味」を体感することができます(鎌倉を少しだけ体感するというのが店のコンセプトです)。

この店で味わえる「けんちん汁」は、建長寺から直接調理法を伝授されたというまさに直伝で、建長寺公認。
メニューにも「伝承 建長汁(けんちん汁)」と記されています。
値段も手頃なので、鎌倉を旅するなら、ぜひ味わいたい逸品のひとつになっています。

農林水産省も「神奈川県の郷土料理」として認定。
「その発祥には諸説あり、中国の精進料理である普茶(ふちゃ)料理の一種である巻繊(けんちゃん)が日本語になったという説と、鎌倉の建長寺で作られる『建長汁』がいつしか『けんちん汁』と呼ばれるようになったという説がある」と解説しています。

黄檗山萬福寺の普茶料理の巻繊(けんちん)がルーツ?

料理事典や各種の事典類では、普茶料理の巻繊(けんちん)がルーツとするのが一般的です。
普茶料理というと関東では少し馴染みが薄いものですが、中国の禅僧・隠元隆琦(いんげんりゅうき)が江戸時代の初め、日本に伝えた中国風の精進料理です。

隠元隆琦は京都・宇治に黄檗山萬福寺(おうばくさんまんぷくじ)を開山。
この萬福寺では今も禅僧が調理する普茶料理を味わうことができますが(予約が必要です)、そのなかで刻んだ野菜や豆腐を油で炒める料理法が、巻繊。
繊は、文字通り刻むこと、本来は湯葉で巻くので「巻」で巻繊。
中国的な発音では巻繊(ケンチェン)となります。
それを汁にすると巻繊汁(けんちんじる)ということに。

普茶料理では胡麻豆腐が精進料理として普及していますが、胡麻豆腐を見て普茶料理を思い起こす人がまずいないのと同様に、けんちん汁で普茶料理を想像する人は皆無でしょう。

でも普茶料理の巻繊汁がルーツというのが、有力な説です。
萬福寺は江戸時代に開山の中国的な禅宗寺院(お経も中国語)で黄檗宗。
建長寺は、鎌倉時代に創建。
鎌倉時代、中国は女真(ジュシェン)族の侵入で多くの高僧が日本に渡って来ましたが、建長寺を開いた蘭溪道隆(らんけいどうりゅう)も南宋から渡来した禅僧で、巻繊を伝えた可能性は大いにあります。

つまりは、鎌倉時代の伝来、巻繊が建長に転訛したけんちん汁(建長汁)、そして普茶料理ルーツのけんちん汁の2つの源(鎌倉、京・宇治)がある可能性も大ということに。

【ルーツを探る】けんちん汁は、建長寺ゆかりではない!?
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建長寺

建長寺

鎌倉五山の第1位の寺で、臨済宗建長寺派総本山が建長寺。禅宗に深い関心を寄せていた鎌倉幕府第5代執権・北条時頼(ほうじょうときより)が、宋からの渡来僧・蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)を招いて建長5年(1253年)に建立した、日本初の本格的禅道

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