大久保利通銅像

大久保利通銅像

鹿児島市の甲突川左岸緑地の一角、高見橋のたもとに立つ、大久保利通銅像。銅像は没後100年を記念して、昭和54年に設置されたもの。西郷隆盛、木戸孝允と並んで「維新の三傑」と称される大久保利通は、西郷隆盛と同じ加治屋町に住み、倒幕に貢献し、明治維新後は新政府の中心人物となりました。銅像は彫刻家・中村晋也の制作。

高見橋のたもとに立つ大久保利通銅像

大久保利通銅像

明治維新の元勲、大久保利通は、文政13年8月10日(1830年9月26日)、薩摩国鹿児島城下高麗町(現・鹿児島県鹿児島市高麗町)に、琉球館附役の薩摩藩士・大久保利世と皆吉鳳徳のニ女・福の長男として生誕。

下級藩士でしたが、幼少期に加治屋町(下加治屋町方限)に移り住み、藩校造士館で西郷隆盛とともに学んでいます。
安政4年(1857年)10月1日、西郷とともに徒目付となり、文久元年(1861年)には藩政に参与。
当初は公武合体路線を推進しますが、その後、武力での倒幕に転じ、王政復古の大号令を実行しています。

明治維新後は、大蔵卿・内務卿などの政府の要職を歴任。
征韓論論争では征韓派と対立し、明治六年政変で西郷らを失脚させています。
「富国強兵」をスローガンに殖産興業政策を推進したのも大久保利通です。

明治11年5月14日、東京・紀尾井坂にて暗殺(紀尾井坂の変)。

西郷隆盛と同じく、薩摩藩(鹿児島県)出身ですが、豪放磊落な西郷さんとは異なり、冷徹非情な人物との評があります。

大久保利通銅像 DATA

名称 大久保利通銅像/おおくぼとしみちどうぞう
所在地 鹿児島県鹿児島市西千石町1
関連HP 鹿児島市公式ホームページ
電車・バスで JR鹿児島中央駅から徒歩5分
ドライブで 九州自動車道鹿児島北ICから約4.7km。または、鹿児島東西道路田上ICから約3.6km
駐車場 周辺の有料駐車場を利用
問い合わせ >鹿児島市観光交流局観光振興課 TEL:099-216-1327
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

 

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