塚崎51号墳(花牟礼古墳)

塚崎51号墳(花牟礼古墳)

鹿児島県肝付町(きもつきちょう)野崎にある塚崎古墳群は、前方後円墳5基・円墳54基(現存するのは39基)と地下式横穴墓29基で構成される古墳群。大隅半島の東部、野崎塚崎台地に築かれた古墳群ですが、花牟礼古墳と通称される塚崎51号墳(旧39号墳)は墳丘長71mの前方後円墳で、日本最南の前方後円墳となっています。

最南端の前方後円墳は、ヤマト王権勢力圏の証

昭和20年に国の史跡となった塚崎古墳群。
平成16年から行なわれた再調査の結果、これまで墳丘とされていた場所が間違いだったり、新たな墳丘が発見されたりしたことから、塚崎39号墳は、塚崎51号墳と変更に。
塚崎51号墳(花牟礼古墳)は、5世紀後半の築造と推測されていますが埴輪は出土していません。
前方後円墳5基が築造されていることから、ヤマト王権の勢力南限が、現在の肝付町一帯と推測できます。
記紀に日向国(現・宮崎県)で誕生したと記される神武天皇は現在の肝付町宮下で生まれたという伝説があることから、邪馬台国と対立していた倭人の国「狗奴国」(くぬこく)が、ひょっとするとこの大隅半島にあったのかもしれません。

ちなみに日本最北の前方後円墳(ヤマト王権の勢力圏北限)は、岩手県奥州市にある角塚古墳です。

名称 塚崎51号墳(花牟礼古墳)/つかざきごじゅういちごうふん(はなむれこふん)
所在地 鹿児島県肝属郡肝付町野崎塚崎
ドライブで 垂水港から約38km
問い合わせ 肝付町企画調整課 TEL:0994-65-2511
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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