箱根馬子唄の碑

箱根馬子唄の碑

「箱根八里は馬でも越すが越すに越されぬ大井川」と唄う有名な『箱根馬子唄』(はこねまごうら)。馬子(まご)とは馬を引いて馬の背で荷物を運ぶ馬方のこと。畑宿から東海道の東坂を登りきった平坦地が八丁平(八町平)。馬子がひと息入れた場所で、ここに箱根馬子唄の碑が立っています。

箱根を越える馬子が一服する場所に立つ碑

旧東海道の箱根越えの畑宿から元箱根にかけての東坂は、急坂の連続で大変な労苦が必要でした。
甘酒茶屋園地から歩き始めた場合は、現存する石畳の中では一番の急角度を持つ天ヶ石坂を登り、ようやく急坂が終わり、平坦になるのが八丁平(八町平)。
逆に元箱根側からは、歩道橋で国道1号を渡り、権現坂(八町坂)を登り切ると八丁平(八町平)です。

今も街道時代と変わらず、箱根火山の中央火口丘である駒ヶ岳、二子山などを眺望。
車の場合はお玉ヶ池西側の県道732号沿いの駐車場から徒歩15分という近道ルートもあります。

『箱根馬子唄』は、南部藩御用の博労(ばくろう=牛馬の仲買商人)が、馬市への往来のため夜間馬を曳いて移動する際(人の往来を避けるため夜間に移動しました)、馬に声をかけて気を静めさせ、同時に自分の眠気をさますために歌った「夜曳き唄」(『南部道中馬方節』)がルーツといわれています。

矢立エハァ峠のエハアエ夜風をエ
ハァうけてヨーエ
ハアエ秋田エハア夜長をエ
ハァー後にするヨ

『箱根馬子唄』とともに東海道では『鈴鹿馬子唄』が有名ですが、「三島照る照る 小田原曇る 間の関所は雨が降る」(『箱根馬子唄』3番)、「坂は照る照る 峠は曇る あいの土山雨が降る」(『鈴鹿馬子唄』1番)と似通った歌詞もあります。

『箱根馬子唄』歌詞

箱根八里は 馬でも越こすが
    越すに越されぬ大井川

箱根御番所に 矢倉沢なけりゃ
    連れて逃げましょ お江戸まで

三島照る照る 小田原曇る
    間の関所は雨が降る

松になりたや 箱根の松に
    諸国大名の 日除け松に

雲か山かと 眺めた峰も
    今じゃわしらの 眠り床

箱根番所と 新居がなけりゃ
    連れていきましょ 上方へ

尾上高砂 千歳の松は
    千代も変わらぬ 深緑

名称 箱根馬子唄の碑/はこねまごうたのひ
所在地 神奈川県足柄下郡箱根町元箱根
電車・バスで 箱根登山鉄道箱根湯本駅から箱根登山バス畑宿経由元箱根行きで27分、お玉ヶ池下車、徒歩10分
ドライブで 箱根新道須雲川ICから約7km
駐車場 20台/無料
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
箱根旧街道石畳(東坂)

箱根旧街道石畳(東坂)

箱根越えの旧東海道沿いには、箱根関所から東の畑宿寄りの東坂、三島宿へと下る西坂ともに石畳が整備されていました。街道時代の雰囲気が色濃く残るのが、元箱根〜畑宿間の東坂に残る石畳で、箱根旧街道石畳と通称されています。当時の石畳が現存するのは白水

旧街道杉並木

旧街道杉並木

元和年間(1615年~1624年)に、箱根旧街道の美観を考慮して植林されたとも、箱根関所開設時に、川越城主・松平正綱によって設けられたともいわれている並木道が神奈川県箱根町にある旧街道杉並木。東海道では松並木が主体だが、冷涼な気候と箱根権現

 

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プレスマンユニオン編集部

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