杉本寺(杉本観音)

杉本寺

鎌倉市二階堂にある天台宗の名刹、杉本寺。天平6年(734年)、行基開基と伝わる古刹で、鎌倉最古の寺。本尊は十一面観世音菩薩で、坂東三十三観音(坂東三十三箇所)、鎌倉三十三箇所の第1番札所となっています。文治5年(1189年)、堂宇が焼失していますが、このとき観音像は自ら本堂から出で難を逃れたと伝わっています。

源頼朝も尊崇し、坂東三十三観音巡礼を創出

杉本寺

金沢街道から山門(仁王門)へと続く階段

鎌倉時代の歴史書『吾妻鏡』によれば、文治5年(1189年)の火災の際は、別当の浄台房が炎の中から本尊を持ち出したと記されています。

浄台房の衣がわずかに焦げただけだったことから、観音経の「念彼観音力 火坑変成池」(ねんぴかんのんりきかきょうへんじょうち=観音の力を念ずれば、火の穴がたちまち変じて池となる)とはこのことかと、観音菩薩への信仰が深まったともいわれています。

山門(仁王門)から本堂(観音堂)へと続く苔むした石段は、通行禁止となっています。

本尊の十一面観音立像(3躰)は、毎月1日と18日に開帳されています(本尊護摩供)。
4月8日には『灌仏会』(かんぶつえ=花祭り)、8月10日には、4万6000日分のご利益があるという『四万六千日』も行なわれています。

中央の像(像高166.7cm)と向かって右側の像(像高142cm)は国の重要文化財。

建久2年(1191年)には源頼朝が当寺を参拝し、修理料を寄進しています(『吾妻鏡』)。
中世には、本堂(観音堂)の背後に三浦義明の長子で杉本氏の祖。杉本義宗が築城したという杉本城もあり、治承・寿永の乱(源平合戦)では重要な拠点となっています。
南北朝時代に北畠顕家軍に敗れ、落城しています。

境内には加賀白山の白山大権現、熊野三山に祀られる熊野大権現が勧請した権現堂(鳥居があります)、お参りすると大きな蔵が建つという大蔵弁財天(鳥居があります)、五輪塔群、地蔵尊と神仏分離、廃仏毀釈の荒波を抜けた神仏混淆時代の名残を見ることができます。

杉本寺

大蔵弁財天で金運UP

杉本寺

境内社の白山大権現・熊野大権現

杉本寺

鐘楼堂横の五輪塔群

杉本寺

権現堂横の地蔵尊

坂東三十三観音(坂東三十三箇所)
坂東三十三観音(坂東三十三箇所)は、関東一円の観音様を巡礼する道で、源頼朝によって発願されたと伝えられます。
その1番札所の杉本寺の前立て本尊も、源頼朝の寄進と伝えられています。
第三十三番札所が南房総の那古寺で、当時は全長1300kmにも及ぶ、難行苦行の旅でした。
西国三十三所、秩父三十四箇所と併せて日本百観音で、結願寺は秩父三十四箇所の三十四番水潜寺。
巡礼に必要な、御朱印帳、白衣、半袈裟、案内本、金剛杖、頭陀袋(ずだぶくろ)なども杉本寺で入手できます。

坂東三十三観音霊場間の距離・時間

1番・大蔵山杉本寺/杉本観音(神奈川県鎌倉市二階堂903) — (4.7km/20分) — 2番・海雲山岩殿寺/岩殿観音(神奈川県逗子市久木5-7-11) — (2.7km/15分) — 3番・祇園山安養院田代寺/田代観音(神奈川県鎌倉市大町3-1-22)
※距離と時間はルートや交通状況により変動するため、およその目安です
 

杉本寺(杉本観音) DATA

名称 杉本寺(杉本観音)/すぎもとでら(すぎもとかんのん)
所在地 神奈川県鎌倉市二階堂903
関連HP 杉本寺公式ホームページ
電車・バスで JR鎌倉駅から徒歩25分。または、JR鎌倉駅京急バス金沢八景行きで7分、杉本観音下車、徒歩1分
ドライブで 横浜横須賀道路朝比奈ICから約5km
駐車場 なし/周辺の有料駐車場を利用
問い合わせ TEL:0467-22-3463/FAX:0467-22-5977
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

 

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