紀貫之邸跡・古今集の庭

律令制時代の国司が政務を執る国庁が置かれたのが国府です。土佐国府は、南国市立国府小学校の南東200mほどの所にあるのが古代の土佐国の国衙(こくが=国司が地方政治を遂行した役所)の跡と推測されています。国司の館跡の遺構は発見されていませんが、内裏(だいり)という字名から国司として赴任した紀貫之邸跡と推測されています。

内裏という字名から国司の館があった地と推測

政庁自体は南と東を流れる国分川あたりまで広がっていたことが判明しています。
48代目の国司、紀貫之はここで930(延長8)年から5年間、政務を司っていました。

国衙の遺構の発掘調査は進んでいますが、国司の館跡は、あくまで字名からの推測にすぎません。
1785(天明5)年建立の紀子旧跡碑の碑が立つほか、邸跡に隣接して紀貫之が『古今和歌集』の選者の一人ということにちなんで古今集の庭も整備されています。

紀貫之邸跡から東に300mの場所には比江廃寺塔跡もあるのであわせて見学を。
白鳳時代の古瓦が発見された、高知県下最古の寺院跡です。
塔跡の塔心礎石の大きさは最大部が縦3.2m、横2.2mあり、塔の高さは32.4mと推定されています。

紀貫之邸跡・古今集の庭 DATA

名称 紀貫之邸跡・古今集の庭/きのつらゆきていあと・こきんしゅうのにわ
所在地 高知県南国市比江
関連HP 南国市公式ホームページ
ドライブで 高知自動車道南国ICから約2.2km
駐車場 15台/無料
問い合わせ 南国市生涯学習課 TEL:088-880-6569
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

比江廃寺塔跡

2017年12月17日

土佐国衙跡

2017年12月17日

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でニッポン旅マガジンをフォローしよう!

ABOUTこの記事をかいた人。

日本全国を駆け巡るプレスマンユニオン編集部。I did it,and you can tooを合い言葉に、皆さんの代表として取材。ユーザー代表の気持ちと、記者目線での取材成果を、記事中にたっぷりと活かしています。取材先でプレスマンユニオン取材班を見かけたら、ぜひ声をかけてください!

関連記事

よく読まれている記事

こちらもどうぞ