桑名城・蟠龍櫓

桑名城・蟠龍櫓

三重県桑名市の揖斐川河口に臨んで建つのが桑名城・蟠龍櫓(ばんりゅうやぐら)。揖斐川河口の七里の渡し渡船場近くの三の丸に建つ蟠龍櫓は、平成15年に建築されたもので、実は国土交通省水門統合管理所。1階は水門管理所となっていますが、2階は展望室で木曽三川の河口部分を眺望します。夜間はライトアップも実施。

安藤広重の浮世絵に描かれた櫓を模した建物

歌川広重の『東海道五十三次・桑名七里渡口』でも、「海上の名城」と謳われる桑名城を表すために描かれたという蟠龍櫓。

元禄の大火後に桑名城には51の櫓が記録されていますが、東海道を行き交う人々が必ず目にする桑名のシンボルが蟠龍櫓。
蟠龍とは、天に昇る前のうずくまった状態の龍のことで、七里の渡しや太平洋の廻船の航海安全の守護神。
屋根の上には蟠龍瓦(うずくまった状態の龍の瓦)ものっているので、お見逃しなく。

幕末の桑名藩主・松平定敬(まつだいらさだあき=兄は尾張藩主・徳川慶勝)は京都所司代を務めた幕府の重鎮。
戊辰戦争では鳥羽・伏見の戦いに敗れた旧幕府軍ともに江戸に向かい、将軍・徳川慶喜(とくがわよしのぶ)に従い江戸の霊巌寺で謹慎。
そのため、桑名は留守に。

会津藩と並んで新政府からは敵視されていた桑名藩ですが(朝敵第1等が徳川慶喜、第2等が松平定敬と会津藩主・松平容保)、臣下は無血開城を決め、その証として明治政府軍は桑名城を焼き払ってしまったのです。

伊勢湾台風後に護岸工事が施され、かつては御座船が着岸したという桑名城も、七里の渡しの渡船場も大きな堤防と護岸で囲まれてしまい、往時の雰囲気を失っています。
蟠龍櫓は、日没〜22:00の間、ライトアップも実施。

桑名城・蟠龍櫓
名称桑名城・蟠龍櫓/くわなじょう・ばんりゅうやぐら
所在地三重県桑名市三之丸
関連HP桑名市公式ホームページ
電車・バスでJR・近鉄名古屋線桑名駅から市内循環バスで15分、本町下車、徒歩5分
ドライブで東名阪自動車道桑名ICから約6km
駐車場柿安コミュニティパーク駐車場(65台/有料)
問い合わせ桑名市役所都市整備部土木課 TEL:0594-24-1211
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九華公園(桑名城)

木曽三川の河口に位置したことで、尾張、伊勢、美濃3国の、木材や米などの集散地となった桑名。近世城郭は、関ヶ原合戦直後の1601(慶長6)年、徳川家康が徳川四天王のひとり、本多忠勝を桑名に封じたことに始まります。現存するのは、三の丸堀の石垣や

桑名宿・七里の渡し跡

東海道は宮宿(熱田宿=名古屋市熱田区)から「七里の渡し」で伊勢湾の海上を船で渡り(所要は3時間から4時間と推定されています)、揖斐川河口(桑名城の脇)に位置した桑名宿の渡船場に上陸しました。江戸時代の「海上国道」で、その渡し場の跡が桑名城跡

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