尿前の関

尿前の関

宮城県大崎市の鳴子温泉にある江戸時代の関所の跡が尿前の関(しとまえのせき)。尿前の関は、山形に至る出羽街道(でわかいどう)の関所で、最上(もがみ)と伊達(だて)両氏の対立が続いていたことから、人馬や物資の出入りを厳しく取り締まり、『奥の細道』途中の芭蕉もここでは厳しい詮議を受けています。

芭蕉も『奥の細道』途中、この関所を通過

伊達家八大関所のひとつにも数えられ、仙台藩により御境目、御番所と名を変え、明治4年まで存続した関所です。
当初は、出羽国(新庄領)との国境近く、岩手の森にあり、岩手の関と称していました。
遊佐勘解由宣春(ゆざかげいゆのぶはる=鳴子・遊佐氏の先祖)が関守を務め、元和年間(1615年〜1624年)の末に、遊佐氏5代・但馬宣兼が関守の際に、関所が尿前の遊佐氏の屋敷内に移されたため、尿前の関と呼ばれるようになりました。

尿前の関は、伊達藩の尿前境目番所で、幕末の頃には間口40間、奥行44間、面積1760坪、周囲には、切石垣の上に土塀を巡らせていました。

元禄2年5月15日(1689年7月1日)、『奥の細道』途中の松尾芭蕉は、鳴子温泉から出羽国に入ろうと尿前の関を通ります(「なるごの湯より尿前の関にかゝりて、出羽の国に越んとす」/『奥の細道』)。
通行手形を用意していなかったため、かなり厳しく取り調べられ、閉口しています(此路旅人稀なる所なれば、関守にあやしめられて、漸として関をこす/『奥の細道』)。
隠密(おんみつ=幕府のスパイ)と疑われたのではと推測する人もいますが、同行の曾良の日記にも「出手形ノ用意可有之也」と記されているので、執拗な尋問は、通行手形がなかったことが最大の理由です。
芭蕉は、この関所を越え、国境を越えて、封人の家(ほうじんのいえ=国境を守る役人の家)に宿泊しています。

長屋門や厩(うまや)、土蔵など10棟あったという関所の建物は現存せず、草原となっていますが、関所風の門が復元されています(当時の門は長屋門です)。

名称 尿前の関/しとまえのせき
所在地 宮城県大崎市鳴子温泉尿前
関連HP 大崎市公式ホームページ
電車・バスで JR陸羽東線鳴子温泉駅からタクシーで5分
ドライブで 東北自動車道古川ICから約31km
駐車場 10台/無料
問い合わせ 大崎市教育委員会鳴子支所 TEL:0229-82-2101/FAX:0229-83-3925
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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