前編の(1)で、桃太郎の主人公は、ヤマト王権から吉備国制定へ派遣された四道将軍(しどうしょうぐん)のひとり、吉備津彦命(きびつひこのみこと)であることを紹介しました。今回はなぜ派遣されたのか、古代、ヤマト王権の地方統一と桃太郎伝説の関係性を紐解いていきます。
鬼の正体は、吉備国を統治した百済王族?

岡山に残される桃太郎伝説では、鬼ノ城を占領する温羅(うら)と称される鬼を吉備津彦命が退治するということになっています。
これを古代史的に解説すると、ヤマト王権の全国統一の過程で、それに反旗を翻した古代吉備の豪族・吉備冠者(きびのかじゃ)が、鬼ノ城に籠城。
ヤマト王権が派遣した討伐軍の将軍(吉備津彦命)によって討ち取られたということに。
吉備津彦命が本陣を構えたのが吉備津神社と「特定」され、温羅は討伐を避けて逃げ続けたとされているので、伝承とはいえストーリーにもかなりリアルさがあります。
吉備国一宮という古代からの歴史を有する、吉備津神社の主祭神は、当然、吉備津彦命なので、物語をしっかりと裏付けています。
この話、もともと、吉備津彦命は、吉備国派遣以前は五十狭芹彦命(きびつひこのみこと)と名乗っていましたが、吉備冠者(温羅)を倒して吉備国の王権支配を確立したので、その手柄から吉備津彦と名乗ったというオチまで付いているので、歴史をベースに誕生した伝承であることは疑う余地もありません。
そんな古代ヤマト王権の歴史的な戦闘をベースに、その伝承から室町時代頃に「桃太郎の鬼退治」という寓話として誕生したのが桃太郎伝説というわけです。
吉備冠者(温羅)の出自は、北九州とも朝鮮半島南部(百済の王族?)ともいわれ定かでありません。
妻は、地元・阿曽郷(現・総社市阿曽地区)出身の阿曽媛(あぞひめ)。
弟は王丹(おに)とされていますが、その発音から朝鮮半島からの王族の可能性が大とも思えます。
岡山市内には、5世紀初頭では全国最大級の巨大な前方後円墳となる造山古墳もあり、古代に吉備王国とも称されるクニの存在が明らかになっています。
そのクニとヤマト王権の対立をベースに、王権の日本統一の手柄話と考えれば、「鬼退治」にも納得がいきます。
続く(3)では、なぜ桃から生まれたのか、犬、猿、雉(キジ)という従者の必然性と、吉備団子を解説。

| 桃太郎は、なぜ桃から生まれ、岡山県なのか!? (2)ヤマト王権の吉備国平定の話 | |
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