如意輪寺

如意輪寺

奈良県吉野町の吉野山からは谷ひとつ挟んで離れた地に建つ浄土宗の古刹が如意輪寺(にょいりんじ)。平安時代の延喜年間(901年~922年)創建で、後に後醍醐天皇が吉野に行宮(あんぐう)を定めた際に勅願寺となり、本堂背後には吉野で崩御した後醍醐天皇の陵・塔尾陵(とうのおのみささぎ)があります。

吉野山にある後醍醐天皇の勅願寺

如意輪寺を開いたのは、真言密教の僧・日蔵上人(『道賢上人冥途記』などを残す伝説的な僧)。
金峯山椿山寺で剃髪、金峯山(吉野山〜大峰山)に籠もり、修行に励んだ末に如意輪寺を開山したのです。

正式名は塔尾山椿花院如意輪寺(とおのざんちんかいんにょいりんじ)で、本尊は如意輪観音。
南北朝時代の正平2年・貞和4年(1347年)、楠木正行(くすのきまさつら=楠木正成の長男)が足利軍との四条畷の戦い(しじょうなわてのたたかい)に出陣する途中で立ち寄り、堂の扉に矢尻で辞世の句を刻んだことでも有名。
現在、この扉は宝物殿に保管されており見学することができます。

境内にある難切不動尊は、もともと不動坂に祀られていたもの。
日本最大の石の不動尊で、交通安全の守護神となっています。

貞享元年(1684年)9月、松尾芭蕉(41歳)は『野ざらし紀行』途中に、吉野山を訪れ、如意輪寺の後醍醐天皇の陵に詣でて「名ある所々見残して、まづ後醍醐帝の御廟を拝む」との前詞で、「御廟年経て忍は何をしのぶ草」の句を詠んでいます。

宝物殿には南朝ゆかりの古文書をはじめ鎌倉時代の寺宝が多く、なかでも鎌倉時代中期の作という蔵王権現像は極彩色の精巧な造りで国の重要文化財。

山門に一部焦げ目があるのは、明治初年の廃仏毀釈の際、後醍醐天皇の陵があるのにもかかわらず、山門に火をつけられた名残とか。

名称 如意輪寺/にょいりんじ
所在地 奈良県吉野郡吉野町吉野山1024
関連HP 如意輪寺公式ホームページ
電車・バスで 近鉄吉野駅から徒歩35分。または、タクシー10分
ドライブで 西名阪自動車道郡山ICから約40km
駐車場 200台/無料
問い合わせ TEL:0746-32-3008
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

 

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