氷室神社

氷室神社

奈良県奈良市にある平安時代編纂の『延喜式神名帳』に記載される古社が氷室神社(ひむろじんじゃ)。平城京遷都後の和銅3年(710年)、春日野に築かれた氷室がルーツという古社で、奈良に都がある時代には宮中に氷を献上していました。現在地に遷座したのは、都が京に遷った貞観2年(860年)のこと。

『日本書紀』に記載の氷室がルーツの古社

奈良時代には春日野の氷池、氷室に氷の神を祀り、豊作を祈願する重要な祭礼が行なわれていたと推測できます。旧暦の6月1日には氷室開きが行なわれ、神仏習合の中世・近世には、興福寺、春日社の別宮になっていましたが明治初年の廃仏毀釈、神仏分離以降は氏子と冷凍氷業界の奉賛によって維持されています。

社殿が建つのも、明治初年までは興福寺の境内だった地(奈良公園の一角)で、周囲には奈良県庁、奈良国立博物館が建っています(いずれも廃仏毀釈以前は興福寺の境内)。

祭神は、仁徳天皇時代に氷室を管理したという闘鶏稲置大山主命(つげのいなぎおおやまぬしのみこと)、氷の貯蔵法を制定した大鷦鷯命(おおさざきのみこと=仁徳天皇)、仁徳天皇の弟(応神天皇の皇子)で氷の貯蔵法を普及させたという額田大中彦皇子(ぬかたのおおなかつひこのみこ)です。

『日本書紀』巻第十一の仁徳天皇62年の条(推定西暦375年)に額田大中彦皇子が闘鶏(つげ)に狩猟に出かけた際、初めて氷室を発見したと記され、その氷室があったのが奈良県都祁村(つげむら=現・奈良市)周辺で、三陵墓古墳群(奈良市都祁南之庄町)は、闘鶏稲置大山主命ら闘鶏国造(つげのくにのみやつこ)の陵墓でないかと推測されています。

毎年5月1日に斎行される『献氷祭』では鯉や鯛を封じ込めた高さ1mほどの氷柱が神前に供えられます。
現在、奈良はかき氷で町おこしも行なわれていますが、その中心的存在がこの氷室神社とその歴史です。

境内には枝垂れ桜があり、3月下旬~4月上旬の開花期には花見客で賑わいます。

同じ奈良県には、天理市福住町にも氷室神社があり、都祁氷室(つげひむろ)が復元され、こちらも『日本書紀』記載の氷室という可能性が。
古代の闘鶏国(つげのくに)は大和国の北東部。
天理市福住町の山間部には氷室の跡が数多く残されているのです。

氷室神社
名称 氷室神社/ひむろじんじゃ
所在地 奈良県奈良市春日野町1-4
関連HP 氷室神社公式ホームページ
電車・バスで 近鉄奈良駅から徒歩15分
ドライブで 名阪国道天理ICから約8km
駐車場 24台/有料
問い合わせ 氷室神社 TEL:0742-23-7297/FAX:0742-23-7298
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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