新潟市の旧市街と新市街を結ぶ全長307mのアーチ橋が萬代橋(ばんだいばし)。信濃川に架かるこの橋が、初めて建造されたのは、明治19年。当時は萬代橋(よろずよばし)と呼ばれた木橋で、全長782mと国内最長を誇っていました。当時の新潟県は日本でいちばん人口の多い都道府県で、日本海の舟運などで繁栄していました。
ライトアップされる夜は幻想的な雰囲気に
架橋当初は個人所有(新潟日日新聞社の社長・内山信太郎が架橋)の有料橋でしたが、鉄道開通(明治32年、北越鉄道沼垂〜直江津間全通/信濃川に鉄橋が架橋できず沼垂駅が始発駅になりました)にともない、信濃川をはさんだ新潟と沼垂との往来の重要性が高まり、明治33年、新潟県の管理下に置かれ、無料化されました。
明治42年の架け替えを経て、昭和4年8月、鉄筋コンクリート製、6連アーチ形式の美しい3代目萬代橋が竣工。
それが現在の萬代橋です。
総工費240万円は、当時の国の道路予算の7割、新潟県の予算の2割にあたるという莫大な金額。
永久橋としての萬代橋架橋がいかに重要なことだったかがわかります。
新潟地震(昭和39年6月16日)にも耐え、現在も国道7号、国道8号、国道17号、国道113号、国道350号の道路橋として現役。
土木学会選奨土木遺産に認定され、国道の橋梁としては日本橋に次いで2例目となる国の重要文化財に指定されています。
国の重要文化財に指定されたことを契機に架橋当初の姿に復元され、漢字表記も「万代橋」から「萬代橋」に戻しています。
10基の橋側灯(橋の側面の照明)は戦前に設置されたものを復元したもの。
橋詰広場は、橋の補修や架け替えの時に必要なスペースとして設けられたものですが、大火や大地震などの時に多くの人が避難できるようにという配慮も込められています。
4本の親柱の橋銘板には、「萬代橋」、「ばんだいばし」、「昭和四年六月竣工」(2ヶ所)と記されています。
萬代橋西詰の護岸からは信濃川ウォーターシャトルも発着(みなとぴあ~朱鷺メッセ~萬代橋西詰~万代シティ~県庁前~ふるさと村を往復)。
後に土木学会会長を務めるなど、昭和を代表する橋梁工学者となりますが、そのデビュー作ともいえるのがこの萬代橋です。
その時、福田は弱冠24歳。
関東大震災後、隅田川の多くの復興橋を設計した田中豊の指示により、基本計画から構造計算、設計図の作成まで1人で、しかもわずか5ヶ月でこなしています。
設計の当初は8つのアーチを考えていたそうですが、日本最大のアーチを用いることで、アーチを2つ減らして全体をすっきりしたデザインに仕上げたそうです。
新潟の市街と美しく調和するのも、この6連アーチのなせる技なのかもしれません。
萬代橋 | |
名称 | 萬代橋/ばんだいばし |
所在地 | 新潟県新潟市中央区万代2 |
電車・バスで | JR新潟駅から徒歩10分 |
ドライブで | 日本海東北自動車道新潟亀田ICから約7km |
駐車場 | 万代シティ第1〜3駐車場(2000台/有料) |
問い合わせ | 新潟駅万代口観光案内センター TEL:025-241-7914 |
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。 |
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