妙宣寺

妙宣寺

承久の乱に敗れ佐渡配流の順徳上皇に仕え、のち阿仏房日得(あぶつぼうにっとく)となった遠藤為盛(えんどうためもり)とその妻・千日尼の開基と伝えられる佐渡市真野地区の古刹、妙宣寺。遠藤為盛は、佐渡に流された日蓮に帰依し、再三身延山を訪れて日蓮の説法を聴いています。90歳の時に身延山に登ったので日蓮から日得の名を授かっています。

新潟県唯一の五重塔(国の重文)がある日蓮ゆかりの古刹

北面の武士・遠藤為盛は、佐渡島に流された順徳上皇に従って、仁治3年(1242年)に崩御するまで上皇に仕え、その後、妻とともに剃髪し、天皇陵に庵を結んだと伝えられます。
文永8年(1271年)の冬に日蓮が佐渡に流されると、日蓮に帰依して浄土宗から日蓮宗に改宗しています。
当初は、日得の自邸を寺とし、阿仏寺と称していました。

直江兼続(なおえかねつぐ)は天正17年(1589年)の佐渡攻めで上杉軍の戦奉行を務め、雑田本間氏の居城址を阿仏寺10世日帝に払い下げています。
城址に移転後に蓮華王山妙宣寺と改名しています。
境内が城郭のような雰囲気なのは、かつてここが佐渡本間氏の嫡流、雑太本間氏(さわだほんまし)の居城・雑太城(さわだじょう)だったことから。

妙宣寺には日蓮聖人筆書状3巻(日蓮が佐渡に流されていた時に、身の回りの世話をしてくれたことへの感謝と法華経のありがたさを教える書状/国の重要文化財)、直江兼続が奉納したと伝えられる槍の穂先など貴重なものが残されています。

また相川の宮大工・茂三右ェ門親子が2代、30年がかりで完成させた五重塔は新潟県唯一の五重塔で、国の重要文化財。
日光山輪王寺の五重塔を模したともいわれていますが、各層の高欄がないことから資金難で未完だということがわかります。

妙宣寺
名称 妙宣寺/みょうせんじ
所在地 新潟県佐渡市阿仏坊29
関連HP 佐渡市公式観光情報サイト
電車・バスで 両津港から新潟交通佐渡バス南線で31分、竹田橋下車、徒歩40分
ドライブで 両津港(佐渡汽船旅客ターミナル)から約18km
駐車場 20台/無料
問い合わせ 妙宣寺 TEL:0259-55-2061
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

 

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