新発田城三階櫓

新発田城三階櫓

新潟県新発田市(しばたし)にある新発田藩(しばたはん)の藩庁で、外様大名(とざまだいみょう)・溝口家の居城が新発田城。新発田城にはもともと天守がなく、本丸西端の三階櫓がその役目を果たす代用天守として機能していました。現在の三階櫓は、古来の工法で平成16年に復元したもの。

新発田城の天守の役目を果たした櫓

新発田城三階櫓

新発田城三階櫓は、棟がT字形で、3つの入母屋(いりもや)を造ってそれぞれに鯱(しゃち)を上げる、「3匹の鯱」という日本唯一のユニークなスタイルに注目。
入母屋破風が三方を向いています。

明治の廃城令で破却されましたが、古文書・絵図・古写真・発掘調査などの資料をもとに、古来の工法で平成16年に復元しています。

初代の三階櫓は、承応3年(1654年)に創建され、寛文8年(1668年)の火災により焼。
現在復元されているものは延宝7年(1679年)に再建されたもの(明治7年に破却)をモデルにしています。
初代藩主の溝口秀勝は、尾張国中島郡西溝口村(現・愛知県稲沢市西溝口町)出身で、丹羽長秀に仕え織田信長からその才能を見出されて直臣として活躍、のちに豊臣秀吉の配下になっているため、関ヶ原の戦いでは東軍に与したといえど、外様大名。
そのため、シンボル的な存在の天守をもつことははばかられ、三階櫓を代用天守としたもの。

明治維新で、賊軍となったため、城郭の大部分は維新後に陸軍省の所有となり、歩兵第8大隊第2中隊(後に歩兵第16連隊に)が入城。
戦後も大部分が、自衛隊の保有となっているため、公開日以外には三階櫓部分に立ち入ることはできません。

所在地 新潟県新発田市大手町6-4
関連HP 新発田市観光協会公式ホームページ
電車・バスで JR新発田駅から徒歩20分
ドライブで 日本海東北自動車道聖籠新発田ICから約5km
駐車場 新発田城址公園駐車場(10台/無料)
問い合わせ 新発田城址公園 TEL:0254-23-3132
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

新発田城

新発田藩10万石の政庁となった城で、新潟県内では唯一、江戸時代の遺構が現存しています。初代の新発田藩主・溝口秀勝(みぞぐちひでかつ)が1598(慶長3)年に築城を開始、3代藩主・溝口宣直(みぞぐちのぶなお)の代の1654(承応3)年に完成し

新発田城表門

新発田城表門

湿地に造られた平城が新発田城(しばたじょう/新潟県新発田市)。水堀に囲まれた本丸は船の形をしていることから舟形城との呼ばれていました。現存する本丸表門は享保17年(1732年)に再建された2階建ての楼門で国の重要文化財。腰回りは黒瓦を使った

新発田城辰巳櫓

新発田城辰巳櫓

初代新発田藩主・溝口秀勝(みぞぐちひでかつ)が慶長3年(1598年)に築城した新発田城(しばたじょう/新潟県新発田市)。辰巳櫓(たつみやぐら)は本丸南東(辰巳)の位置に建つ2階建ての櫓。平成16年に古来の手法で復元された隅櫓です。辰巳櫓火災

新発田城旧二ノ丸隅櫓

新発田城旧二ノ丸隅櫓

越後国蒲原郡新発田(現・新潟県新発田市大手町)にあった新発田城(しばたじょう)。表門に至る橋から左手を見ると表門と同様に江戸時代の遺構である旧二ノ丸隅櫓が聳えています。実はこの場所は本丸鉄砲櫓(ほんまるてっぽうやぐら)の建っていた場所。鉄砲

 

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日本全国を駆け巡るプレスマンユニオン編集部。I did it,and you can tooを合い言葉に、皆さんの代表として取材。ユーザー代表の気持ちと、記者目線での取材成果を、記事中にたっぷりと活かしています。取材先でプレスマンユニオン取材班を見かけたら、ぜひ声をかけてください!

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