黒島天主堂

黒島天主堂

長崎県佐世保市黒島町、島民の7割がカトリック信者という黒島にある教会堂が黒島教会。現在の聖堂は、信徒たちの献金と勤労奉仕で明治35年に完成したもので国の重要文化財。天主堂を含む「黒島の集落」として、世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産になっています。

黒島天主堂を含めた黒島集落が世界遺産に

黒島天主堂

黒島は佐世保市西方の五島灘に浮かぶ離島で、佐世保の名勝・九十九島のひとつ。
江戸時代後期、平戸藩が入植を認めると外海(そとめ=西彼杵半島南西部、現・長崎市外海地区)や生月島(いきつきしま=現・長崎県平戸市)の潜伏キリシタンが多く移住し、キリシタン弾圧を逃れた多数の信者が生活する島でした。

元治2年2月20日(1865年3月17日)、カトリック宣教師・プティジャン神父が築いた南蛮寺(大浦天主堂)を見学しようと訪れた人の中に、「ワレラノムネ、アナタノムネトオナジ」(私たちの信仰はあなたの信仰と同じです)という潜伏キリシタンが。
これが世界的にも知られる「信徒発見」で、その2ヶ月後には黒島から20人が大浦天主堂を訪ねて信仰を打ち明けています。

明治6年、禁教令が廃止されると、600人ほどの島内信者全員がカトリックに復帰、当初は信者の家を御堂にしていましたが、明治11年に木造の教会堂を建築。
明治30年に着任のマルマン神父(Joseph Ferdinand Marmand)は、本格的な教会を建設することを決意し、信者の資金供出と献身的な労力奉仕もあって明治35年にレンガ造りの現聖堂が完成しています(施工は長崎の大工棟梁・前山佐吉)。

外観はシックなロマネスク様式ですが、内部は実に荘厳。
黒島特産の御影石の柱、1800枚もの有田焼の磁器タイルを貼った祭壇の床、リブ・ヴォールト天井(Rib vault)、そしてフランス製のステンドグラスとその美しさは長崎県の教会でも屈指のもの。

現役の教会なので、見学の際には「教会見学時のマナー」を守り、十分な配慮を。
なお、黒島天主堂(世界遺産構成資産内教会)の見学は長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産インフォメーションセンターへの事前連絡が必要です。
祈っている人がいる場合、結婚式、葬式、ミサなどが行なわれている時の入堂はできません。

●写真掲載については長崎大司教区の許可をいただいています。
取材・画像協力/長崎県観光連盟

黒島天主堂
名称 黒島天主堂/くろしまてんしゅどう
所在地 長崎県佐世保市黒島町3333
関連HP 長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産インフォメーションセンター公式ホームページ
電車・バスで 黒島港から徒歩20分
ドライブで 黒島港から約1.5km
駐車場 20台/無料、ミサ時は一般観光客使用不可
問い合わせ 長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産インフォメーションセンター TEL:095-823-7650/ FAX:095-895-9690
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

 

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