大瀬埼灯台

明治のお雇い外国人・ブラントンの設計で明治12年に点灯した大瀬埼灯台(現在の灯台は昭和46年の改築)は、「日本の灯台50選」、映画『悪人』のロケ地。美しい夕景は「日本の夕陽100選」にもなっています。640年頃の唐書『挺地志』に昼は烽火(のろし)を上げ、夜は篝火を焚いたと記される歴史的な場所でもあるのです。

初代の灯台は「日本の灯台の父」ブラントンの設計

7世紀から東シナ海をゆく船を見守っていたのは、福江島が遣唐使船の日本最後の停泊地だったから。
近代になってもその重要性は変わらず、明治政府はいち早く、明治9年に灯台建設に着工しています。

初代の灯台は円形鉄造でしたが、昭和46年に円形コンクリート造りに建替えられています(初代の大瀬埼灯台は、船の科学館に移設され、屋外展示)。
その灯火は国内でも最大級の光度200万カンデラの光を発し、44km沖合まで届きます。
  
車道終点の大瀬山山頂直下の駐車場から岬先端の灯台までは徒歩20分ほど。
往路は標高250mほどから灯台の建つ標高50mまで一気に200mほど下りますが、逆に帰路は200mも登ることになるので注意が必要。

灯台が建つ大瀬崎先端の断崖は西海国立公園の特別地域。
第三紀層の五島層群が、東シナ海の荒波で削られて生まれた断崖です。

五島列島では男女群島(五島市)の女島にある女島灯台も「日本の灯台50選」に選定され、映画『喜びも悲しみも幾歳月』の舞台のひとつ。

大瀬埼灯台 DATA

名称 大瀬埼灯台/おせざきとうだい
Osezaki Lighthouse
所在地 長崎県五島市玉之浦町玉之浦
関連HP 五島市観光協会公式ホームページ
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