富田林寺内町・城ノ門筋

富田林寺内町・城ノ門筋

大阪府富田林市富田林町に残る富田林寺内町(富田林市富田林伝統的建造物群保存地区)のメインストリートが城ノ門筋。日本の道100選に選定される全長400mの道は、寺内町の中心となる富田林御坊(興正寺別院)の鐘楼横を通り、東高野街道と交差することからも、町割りの際の基線だったことがわかります。

興正寺別院の山門に伏見城の城門を移築したのが名の由来

興正寺門跡14世・証秀上人(しょうしゅうしょうにん)が荒れ地を購入し、自治都市としての寺内町を築くにあたり、まずは富田林御坊(興正寺別院)を中心に、門前四周に七筋八町の碁盤目状の町割を整備。
南北の通りを筋、東西の通りを町と呼び、東より西へ順に、東筋、亀が坂筋、城ノ門筋、富筋、市場筋、西筋の6筋、町は北から南へ、壱里山町、富山町、北会所町、南会所町、堺町、御坊町、西林町、東林町を整備しました。
宝暦3年(1753年)〜安永7年(1778年)の間に林町が東西2町になり、七筋八町となりまし

城ノ門筋という名前は、町割りの中心となった富田林御坊(興正寺別院)の山門を、豊臣秀吉が築城した京・伏見城の門が移築されたと伝えられていることに因むもの。

平成24年の学術調査で、安土桃山時代の城門遺構で、興正寺(本山)からの移築であることが確認されています。

市道6号線というのが正式名ですが、今も城ノ門筋と呼ばれ、富田林市富田林伝統的建造物群保存地区の選定による環境整備で、美しい石畳の道になっています。

大阪府下では城之門筋のほか、御堂筋 (大阪市)、フェ二ックス通り (堺市)が日本の道100選に選定されています。

富田林寺内町・城ノ門筋
名称 富田林寺内町・城ノ門筋/とんだばやしじないまち・じょうのもんすじ
所在地 大阪府富田林市富田林町
電車・バスで 近鉄富田林駅から徒歩5分、富田林西口駅から徒歩10分
ドライブで 阪和自動車道美原南ICから約7km
駐車場 周辺の有料駐車場を利用
問い合わせ 富田林市文化財課 TEL:0721-25-1000/FAX:0721-25-9037
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
富田林市富田林伝統的建造物群保存地区

富田林市富田林伝統的建造物群保存地区

大阪府富田林市富田林町に残る昔町が、富田林市富田林伝統的建造物群保存地区。永禄年間(1558年~1569年)、興正寺門跡14世・証秀上人(しょうしゅうしょうにん)が興正寺別院の建立と信徒が暮らす町の町割をしたのが始まり。周囲に堀を巡らせた城

旧杉山家住宅

旧杉山家住宅

大阪府富田林市にある国の重要文化財に指定される町家が、旧杉山家住宅。中世の富田林に誕生した宗教自治都市・寺内町(じないまち)。杉山家は貞享2年(1685年)以来、造り酒屋として発展。富田林八人衆の筆頭年寄で、「わたや」と号し、町の設立から運

旧田中家住宅

旧田中家住宅

大阪府富田林市、富田林市富田林伝統的建造物群保存地区に選定される寺内町・富田林にある明治25年地区の町家が旧田中家住宅。主屋は向かって右側に土間、左手に四間取の居室を配置した明治期の農家型住宅で、国の登録有形文化財に指定。富田林市にある明治

御堂筋

御堂筋

大阪市のメインストリートである御堂筋(みどうすじ)は第7代大阪市長・関一(せきはじめ)の「都市大改造計画」の提唱で大正15年に拡幅工事が始まり、3375万円の巨費を投じて昭和12年に完成した大通り。明治22年、鉄道の開通によって、大阪駅を玄

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でニッポン旅マガジンをフォローしよう!

ABOUTこの記事をかいた人。

日本全国を駆け巡るプレスマンユニオン編集部。I did it,and you can tooを合い言葉に、皆さんの代表として取材。ユーザー代表の気持ちと、記者目線での取材成果を、記事中にたっぷりと活かしています。取材先でプレスマンユニオン取材班を見かけたら、ぜひ声をかけてください!

おすすめ

よく読まれている記事

こちらもどうぞ