心合寺山古墳

心合寺山古墳

大阪府八尾市大竹にある墳丘長160mという巨大な前方後円墳が、心合寺山古墳(しおんじやまこふん)。中河内地域を代表する古墳で、史跡公園として整備され、3段構成の墳丘のテラスには円筒埴輪(レプリカ)が並べられ、被写体としても絶好の場所になっています。国の史跡になっています。

古墳時代中期に造られた中河内地域を支配した首長墓

心合寺山古墳

5世紀前半に築かれた巨大な前方後円墳。
一帯では、西ノ山古墳(墳丘長55m)、大坂夏の陣の際に徳川秀忠が陣を構えたという花岡山古墳(墳丘長73m/大学造成により消失)など古墳時代前期から中期にかけての古墳が造営されており、巨大な心合寺山古墳を含む古墳群を楽音寺・大竹古墳群(がくおんじおおたけこふんぐん)と総称しています。

古墳の名は、飛鳥時代にこの地に創建されたという古代寺院の心合寺(しんごうじ)に由来。
寺は廃寺となり、心合寺が「しおんじ」に転訛したもの。

発掘調査で墳丘部の斜面は葺石で覆われ、テラスには円筒埴輪、器財埴輪、形象埴輪合計3000体が規則正しく組み合わせて並べられていたことがわかっています。

前方部墳頂部の中央に方形壇(ほうけいだん)が築かれ、その下に埋葬施設1基(木棺)を設置。
さらに後円部墳頂部に長さの異なる粘土槨(ねんどかく=粘土で包んだ木の棺)の埋葬施設3基が配されていました。
後円部の粘土槨のひとつである西槨から、甲冑(かっちゅう)、夔鳳鏡(きほうきょう=裏面に鳳凰が翼を広げているようにみえる竜形の文様をつけた青銅鏡)、刀剣類などの副葬品が出土。

西側のくびれ部には造出しが築かれ、往時には埴輪が並んでいたと推測されています。
後円部中腹にある2本の桐の大木は、公園化の際にそのままに残存。
復元した古墳としては、国内でも有数の大きさを誇っています。

出土した副葬品等は、心合寺山古墳の脇にある「八尾市立しおんじやま古墳学習館」で展示されているので、あわせて見学を。

心合寺山古墳
名称 心合寺山古墳/しおんじやまこふん
所在地 大阪府八尾市大竹5-143-2
関連HP 八尾市公式ホームページ
電車・バスで 近鉄服部川駅から約20分
ドライブで 近畿自動車道東大阪南ICから約4.8km
駐車場 八尾市立しおんじやま古墳学習館駐車場を利用
問い合わせ 八尾市立しおんじやま古墳学習館 TEL:072-941-3114
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

 

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