人口10万にあたりの病床数 「多い&少ない」都道府県 TOP5
令和5年10月1日現在の都道府県別にみた人口10万対病院病床数のランキングを紹介。コロナやインフルエンザで入院したくても順番待ちだった、あるいは入院できなかったという事態が続出しましたが、感染症病棟、一般病棟と結核病床、…
令和5年10月1日現在の都道府県別にみた人口10万対病院病床数のランキングを紹介。コロナやインフルエンザで入院したくても順番待ちだった、あるいは入院できなかったという事態が続出しましたが、感染症病棟、一般病棟と結核病床、…
香川県香川郡直島町、瀬戸内海に浮かぶ直島(なおしま)は、国際的アーティスト、草間彌生(くさまやよい)の『赤かぼちゃ』がシンボルの「現代アートの聖地」。毎年『瀬戸内国際芸術祭』の会場となり、多くの旅人を集めています。そんな…
神奈川県川崎市多摩区、京王相模原線・京王よみうりランド駅の南東の丘陵にあるのが、小沢城の城跡。『新編武蔵風土記稿』に鎌倉時代初頭、小沢小太郎の居城だったと伝える中世の城で、麓を鎌倉街道が通り、北に多摩川が流れるという要衝…
下り東海道新幹線に乗車すると、必ず車内で誰かが食べているのが老舗・崎陽軒(きようけん)の「シウマイ弁当」。食べる順番まで話題になるほどの名物弁当ですが、関西からの上りの新幹線でも似たような弁当を見かけることがあります。こ…
「砂簾」(されん)とは、湿った砂が乾いていくとき、風で一ヶ所が崩れると、横につながって丘が崩れていく現象で、砂のカーテンのように見えることが名の由来。馬の背の斜面でおもに発生しますが、めったに見られない現象です。例年、厳…
20数万~16万年前の先小御岳火山(せんこみたけかざん)から始まり、1707年(宝永4年)の宝永大噴火に至る富士山の火山活動。多くの研究者は、「南海トラフ巨大地震と富士山の噴火は関係している」と断言。富士山の生い立ちを知…
「いけず」とは「意地悪」を意味する関西の方言で、京都では交差点の角に歩行者がつまずきそうに、車が擦りそうになる石が置かれている場所がかなりあります。この一見すると邪魔な石が「いけず石」。もともとは中世に荷馬車や牛車が、敷…
「けいはん」といえば、とくに関西在住の人は、京阪電車をイメージするでしょう。そのイメージを逆手に取って、大井川鐵道では保有する元近鉄特急の近鉄16000系電車(1966年製造)を利用し、「けいはん」(鶏飯)電車を運転する…
気象庁の日本の活火山の噴火資料をもとに、明治以降の全国111活火山の火山活動のデータを調査。人的被害(死亡事故)の生じた事故を中心に、上高地の絶景・大正池を生み出した焼岳噴火、全島民の島外避難となった伊豆大島・三原山大噴…
江戸時代の藩は時代によって異なりますが、280藩前後。その藩主の出身国(出自)は、家康出身の三河国と織田信長、豊臣秀吉を生んだ尾張国で過半数を占めています。つまりは現在の愛知県出身者ということですが、国の特別史跡、国の史…
北海道には面積が1haの湖沼が100以上あり、そのほとんどが凍結します。そのなかで結氷湖と不凍湖の間にあるのが、摩周湖。ほとんど凍らないという最北の不凍湖が支笏湖で、その少し南側の洞爺湖も不凍湖です。支笏湖と洞爺湖はなぜ…
1月に『桜まつり』が始まるのは、沖縄本島の琉球寒緋桜(リュウキュウカンヒザクラ)、そして静岡県の熱海で咲く「あたみ桜」、そして西伊豆・土肥温泉で門外不出の「土肥桜」です。伊豆の早咲き桜というと混雑が定番の河津桜ですが、河…
過去には横浜まで火砕流が到達し、相模平野を焼け野原にしたこともあるという箱根火山の大噴火。静岡大学防災総合センター(『火山噴火予知連絡会会報』第121 号)によれば、平常時の場合は4万年に一度という大噴火の確率は0.00…
2025年1月11日(土)~2月9日(日)、静岡県熱海市で『第15回あたみ桜糸川桜まつり』が開催。日本で最も早咲きの桜の桜のひとつが、あたみ桜。熱海温泉街を流れる糸川沿いに植えられたあたみ桜は例年1月には咲き始め、開花に…
日本一のツルの越冬地として知られるのが鹿児島県出水市(いずみし)。出水平野の干拓地には冬の訪れとともに1万羽を超えるナベヅル、マナヅルなどのツルが越冬のためシベリアから飛来します。羽数のピークは12月〜1月で、2025年…
東京都内にある城といえばその代表格が国の特別史跡(都内には浜離宮、小石川後楽園と3ヶ所)に指定の江戸城ですが、実は八王子市内には中世の山城である八王子城、滝山城があり、なかでも滝山城は中世城郭の最高傑作ともいわれる城。深…
箱根火山が小規模な水蒸気爆発(大涌谷)したのが2015年で、2025年で10年がたちます。実は9万年前、6万5000年前には大噴火が起こり、火砕流はわずか1〜2時間で横浜市西部や三浦半島まで到達、一帯が焼け野原のなってい…
東京を走る幹線道路のうち、主要な道路は、実は関東大震災後の「帝都復興計画」で誕生したもの。22路線には公募で名称が決められ、そのうちの10本は今も現役で活躍。一部道路名が変更されていますが、幹線第一号・昭和通りは今も昭和…