根岸家長屋門

根岸家長屋門

埼玉県熊谷市にある名主を務めた豪農の門が、根岸家長屋門。根岸家は藩政時代(江戸中期以降)に甲山村と箕輪村の名主を務めた豪農。幕末の勤皇志士、根岸友山の生家にもなっています。現存する長屋門は、江戸時代後期、天保年間(1830年〜1844年)の築と推測されています。

北関東の豪農、根岸友山の生家の長屋門が現存!

幅13間、奥行き3間の長屋門で、正面左側は剣術道場の「振武所」、右側は番頭たちの帳場になっていたという部屋が残されています。
幕末期の根岸友山、根岸武香の父子は、自邸内に剣術道場「振武所」と寺子屋「三餘堂」(さんよどう)というを開き、国学者の寺門静軒を招いて、子弟の教育に尽力しています。
根岸武香は、明冶12年、最初の埼玉県議会議員に選出され、明治13年には2代目の埼玉県議会議長を務めています。

また考古学、歴史学への造詣が深く、吉見百穴の発掘、『新編武蔵風土記稿』の出版(明治17年)などにも尽力し、さらに自身の収集した書籍類を「甲山文庫」として国立国会図書館に寄贈しています。

かつて振武所として使われていた場所に「友山・武香ミュージアム」を開設し、根岸家の歴史を紹介するパネルや、荒川の洪水に備えて保管されていた木製舟などを展示。

また例年4月下旬には、根岸家長屋門を会場に『友山まつり』が開催され、お茶席、大正琴の演奏などが行なわれています。

ちなみに、根岸家は熊谷直実(くまがいなおざね)の子孫で、室町時代初期、足利尊氏(あしかがたかうじ)に従い、比企郡根岸郷(嵐山町根岸)を所領とし、その地名を苗字にしたと伝えられています。
戦国時代には上杉景勝の家臣となっていますが、慶長3年(1598年)、上杉家が会津に移封された際、冑山(かぶとやま)に、昔の部下を頼って土着したと推測されています。

根岸家長屋門
名称 根岸家長屋門/ねぎしけながやもん
所在地 埼玉県熊谷市冑山152
関連HP 熊谷市公式ホームページ
ドライブで 東北自動車道羽生ICから約24km。または、加須ICから26km
駐車場 2台/無料
問い合わせ 熊谷市江南文化財センター TEL:048-536-5062/FAX:048-536-4575
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

 

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