新幹線電車発祥の地記念碑

新幹線電車発祥の地記念碑

埼玉県川口市芝園町、JR京浜東北線蕨駅(わらびえき)に近いUR都市機構・川口芝園団地に立っているのが、新幹線電車発祥の地記念碑。記念碑の立つ川口芝園団地は、新幹線の試作車1000形電車、量産車0系が製造された日本車輌製造蕨工場の跡地です。新幹線電車とは新幹線0系のかつての正式名称。

日本車輌製造蕨工場で「夢の超特急」試作車や0系が生産された!

蕨工場では、新幹線の試作車1000形電車が製造され、鴨宮基地(現・JR東海新幹線鴨宮保守基地)から37kmほど伸びた鴨宮モデル線へと運ばれ、開業前年の昭和38年3月30日には電車方式による世界記録(当時)となる時速256kmの試験走行に成功しています。

その後、実際の運用にあたっての量産車0系214両が蕨工場で製造されています。
それを記念して、その跡地であるUR都市機構・川口芝園団地敷地に令和元年10月14日(鉄道の日)、記念碑を建立。

日本車輌製造蕨工場は、昭和9年4月1日、北足立郡芝村(昭和15年に川口市に編入、現・川口市芝園町)に東京支店工場を移転したのが始まり。
東京支店と称していましたが、工場は蕨駅近くにあり、蕨駅から引込線が伸びていたのです。

当初はC11など蒸気機関車を製造していましたが、戦後は電車専門工場になり、昭和37年4月25日には、「夢の超特急」と呼ばれた新幹線の試作車両(新幹線1000形電車・A編成=1001号と1002号の2両編成)が完成、新幹線の生みの父である国鉄総裁・十河信二(そごうしんじ)が視察に訪れています。

昭和38年9月30日、新幹線製造のマンモス車両組立工場が完成し、昭和39年2月15日、1000形のC編成と呼ばれる先行製造車6両が誕生しています。

その後、昭和44年3月には山陽新幹線試作車951形も製造していますが、名古屋工場・蕨工場を豊川工場に集約し、昭和46年2月に閉鎖され、日本住宅公団(現・UR都市再生機構)に売却、昭和53年3月、蕨工場跡地に川口芝園団地が建設されています。

ちなみに川口市は、蒸気機関車・善光号ゆかりの地。
日本鉄道の上野〜熊谷間敷設にあたり(明治15年4月12日、川口〜熊谷間、建設に着手)、物資運搬の蒸気機関車を分解して船に載せ運び、荒川河川敷・善光寺横で組み立てたため、善光号と呼ばれています(明治15年9月1日、川口~南浦和の試運転実現)。

新幹線電車発祥の地記念碑
名称 新幹線電車発祥の地記念碑/しんかんせんでんしゃはっしょうのちきねんひ
所在地 埼玉県川口市芝園町3-13地先
電車・バスで JR蕨駅から徒歩7分
ドライブで 東京外環自動車道外環浦和ICから約1km
駐車場 周辺の有料駐車場を利用
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
新幹線発祥の地記念碑

新幹線発祥の地記念碑

神奈川県小田原市南鴨宮3丁目、JR東海道本線鴨宮駅前(かものみやえきまえ)にあるのが、新幹線発祥の地記念碑。鴨宮は、東海道新幹線建設に先立って建設された「鴨宮モデル線」の終点、鴨宮基地があった地で、駅前に発祥の地であることを示すモニュメント

東京駅新幹線記念碑

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東京都千代田区丸の内1丁目、東京駅の18番・19番ホームの南端に立つのが、東京駅新幹線記念碑(鉄道建設記念碑)。昭和48年に東海道新幹線の建設に尽力した「新幹線の父」・第4代国鉄総裁の十河信二(そごうしんじ)のレリーフを埋め込んだ記念碑です

 

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