塩田津荷揚げ場跡・塩田検量所跡

塩田津荷揚げ場跡・塩田検量所跡

佐賀県嬉野市塩田町、旧塩田川沿いに位置する塩田津は、長崎街道の宿場町として、また古くから有明海の干満差を利用した河口津(川湊)として繁栄した地。塩田津荷揚げ場跡・塩田検量所跡は、舟運で栄えた塩田津の歴史を今に伝える場所です。

舟運で栄えた河港らしい風情が残る

塩田津は、江戸時代以降は米や陶磁器、その原料となる天草陶石を熊本から運び、これを砕いた陶土の集散地として、塩田郷の中心として栄えました。

長崎街道に軒を連ねる防火・暴風建築の「居蔵造」(いぐらづくり)の商家が宿場町・塩田の表の顔とすれば、裏手を流れる旧塩田川から眺めた景色は、もう一方の素顔、川湊・塩田津の姿。
ここはいわゆる「御蔵浜」と呼ばれるエリアで、文化10年(1813年)に建てられた蒲池藩(かまちはん=佐賀藩の支藩)の藩米を納める蔵「御蔵」(往時は5棟ありました)に由来します。

かつて川沿いには1階が倉庫、2階が座敷の「座蔵」が建ち並び、御蔵浜の船着場から直接蔵への物資積み込みが行なわれていました。
塩田津に船宿や、旅籠(はたご)がないのは、この「座蔵」の2階が宿泊施設として機能していたから。

河岸の石垣には石段や洗い場が設けられ、いかにも川湊らしい風情を見せています。
河港としての最盛期は、昭和8年の荷揚げ場の拡張工事頃とか。
その後輸送網の発達や昭和48年からの河川改修により、塩田津は河港としての機能を失いますがが、往時の荷揚げ場跡や昭和39年設置のクレーンの跡(船で運ばれてきた陶石などを車に移し替えるための施設)、陶石を載せたトラックごと重量を量り、今でいうドライブスルーのような機能をもつ塩田検量所跡(現・「塩田津町並み交流集会所」の一部)が残されています。
塩田検量所跡のある「塩田津町並み交流集会所」は、塩田ボランティアガイドの出発点でもあり、嬉野市塩田津伝統的建造物群保存地区の歴史散歩は、舟運で栄えた歴史を知ることから始まります。

荷揚げ場拡張の総工費は当時で320万円。
塩田検量所跡は昭和46年の設置で昭和52年まで稼働していました。

塩田津荷揚げ場跡・塩田検量所跡
名称 塩田津荷揚げ場跡・塩田検量所跡/しおたつにあげばあとしおたけんりょうじょあと
所在地 佐賀県嬉野市塩田町馬場下甲
関連HP 塩田津町並み保存会公式ホームページ
電車・バスで JR肥前鹿島駅から祐徳バス武雄行きで11分、塩田下車、徒歩3分
ドライブで 長崎自動車道嬉野ICから約11.7km
駐車場 嬉野市役所塩田庁舎駐車場利用
問い合わせ 塩田津町並み保存会 TEL:0954-66-3550/FAX:0954-66-3550
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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