日光山輪王寺・法華堂

日光山輪王寺・法華堂

勝道上人が開山し、空海も入山したと伝わる日光山。山岳崇拝、修験道、日本古来の神道などが結びついて神仏習合の霊山として発展します。天長6年〜天長10年(829年〜833年)頃、円仁(慈覚大師)が日光山(当時の寺号は満願寺)に入山し、台密(天台密教)を伝えます。そうして常行堂に隣接する法華堂が創建されています。

常行堂に連続し、台密を今に伝える堂

日光山輪王寺・法華堂

日光山輪王寺三仏堂から大猷院へと向かう参道途中、日光二荒山神社前にあるため、通り過ぎてしまう人が多いのですが、常行堂と法華堂は、比叡山延暦寺・にない堂に真似て、平安時代に創建された台密(天台密教)を今に伝える建物。
現存する唐様(禅宗様)建物は、江戸時代初期の慶安2年(1649年)の再建ですが、創建当時の雰囲気を色濃く残しており、渡り廊下を含めて国の重要文化財に指定。
世界文化遺産「日光の社寺」の構成資産にもなっています。

正式名は法華三昧堂(ほっけざんまいどう)で、『法華経』 によって、21日間、坐禅と仏座の周囲を回り歩く行道を繰り返す半行半坐の行法「法華三昧」(天台宗特有の行法「半行半坐三昧」/中国の天台大師による『摩訶止観・まかしかん』に基づく修行で、常坐三昧・常行三昧・半行半坐三昧・非行非坐三昧の4種のひとつ)を行なった堂。

本尊は普賢菩薩(ふげんぼさつ)で、脇侍に鬼子母神(きしもじん)、十羅刹女(じゅうらせつにょ)が祀られています(堂内は非公開です)。

天台宗の重要な行とされる常行三昧を行なう常行堂、法華三昧を修するための堂である法華堂が並んでいるのは比叡山のにない堂とここだけ。

東の比叡山として建立された東叡山寛永寺(東京・上野)にも常行堂と渡り廊下でつながった法華堂があり、寛永寺の中枢の堂宇となっていましたが、今では失われています。

日光山輪王寺・法華堂
名称 日光山輪王寺・法華堂/にっこうさんりんのうじ・ほっけどう
所在地 栃木県日光市山内2300
関連HP 日光山輪王寺公式ホームページ
電車・バスで 東武日光駅から東武バス世界遺産めぐりでホテル清晃苑前下車、徒歩10分
ドライブで 日光宇都宮道路日光ICから約4km
駐車場 100台/有料
問い合わせ 日光山輪王寺 TEL:0288-54-0531
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

比叡山延暦寺・にない堂

ユネスコ世界文化遺産に登録された比叡山延暦寺の西塔(さいとう)地区にあるにない堂は阿弥陀如来を本尊とする常行堂と、普賢菩薩を本尊とする法華堂の2つ同じ形をしたお堂。この2つ堂は、渡り廊下によってつながれ法華と念仏が一体であるという、比叡山の

日光山輪王寺

日光山輪王寺

天平神護2年(766年)、勝道上人による四本龍寺創建(日光開山)がルーツという神仏習合の日光山の歴史を今に伝える天台宗の古刹が日光山輪王寺。日光山内で最も歴史が古く、明治4年の神仏分離令以降は東照宮、二荒山神社とあわせて「二社一寺」と称され

 

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