東京都神津島村、神津島随一、伊豆七島屈指ののダイナミックな景観を誇るのが、島の東側にある多幸湾。背後には島の最高峰・天上山から一気に落下する、高さ500mの断崖が迫り、砂浜、青い海、松の茂る丸島と、白い断崖のコントラストが見事。夏期には多幸湾海水浴場も開設され、海の家も営業。
東の突端、砂糠崎には黒曜石の黒い地層も
多幸湾は、海水浴だけでなく、サーフィンやボードセーリング、ダイビングにも人気の場所で、トイレ、シャワーの設備が備わっています。
多幸湾海水浴場に隣接して都立多幸湾公園があり、都立多幸湾公園ファミリーキャンプ場、多目的広場、花木園、ツツジ公園が整備されています。
多幸湾の南側が三浦漁港で、西風の吹く冬季には、東京からの東海汽船「さるびあ丸」、ジェット船、下田からの神新汽船「フェリーあぜりあ」は、多幸湾三浦漁港に入港することも多いのでご注意を。
この多幸湾から東の突端、砂糠崎(さぬかざき)へ続く地層からは、黒曜石が発掘され、本州各地の遺跡で見つかっていることから、旧石器時代から危険な海を乗り越えて各地に運ばれたことがわかっています(神津島の黒曜石は神津島前浜の南西沖の恩馳島・南島産が最も質がよく、そこが中心に採取されていました)。
東伊豆の見高段間遺跡(静岡県賀茂郡河津町)から、19kgもの神津島産の黒曜石が発見されていることから、縄文時代の中期に、見高段間遺跡にいったん黒曜石が運ばれ、そこからさらに全国へと輸送されたと推測され、各地で加工されたのだと推測できます。
神津島が水配りのために伊豆諸島の神々が天上山に集まったとされるのも、こうした黒曜石の交流が背景にあるのかもしれません。
三宅島の噴火以前は、砂糠崎の付け根まで車道のような道があり、地形図にも徒歩道の表記がありますが、噴火の際の地震で、多幸湾の断崖が崩落し、道も通行できなくなり、現在も落石が続いています。
これは、昭和40年代の後半、第2次農業構造改善事業で一帯を桑畑にし、養蚕事業を行なったためのアクセス道路で、昭和50年代に放棄され、昭和58年の三宅島の噴火による地震、平成12年の伊豆諸島北部群発地震で、荒廃しています。
多幸湾 | |
名称 | 多幸湾/たこうわん |
所在地 | 東京都神津島村多幸 |
関連HP | 神津島村公式ホームページ |
電車・バスで | 神津島港・神津島空港からタクシーで15分、または神津島港から徒歩1時間 |
ドライブで | 神津島港から約4km |
駐車場 | 10台/無料 |
問い合わせ | 神津島村産業観光課 TEL:04992-8-0011/FAX:04992-8-1242 |
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。 |
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