下野谷遺跡公園

下野谷遺跡公園

東京都西東京市、練馬区との境界近く、武蔵関公園、早稲田大学安部磯雄記念野球場の西側にあるのが、下野谷遺跡公園(したのやいせきこうえん)。石神井川沿いにある縄文時代中期の環状集落の遺構で、国の史跡。住居群、土坑墓群(どこうぼぐん)、掘立柱建物群などが出土しています。

南関東最大級の縄文集落(環状集落)跡

下野谷遺跡公園

土坑墓群のある広場を、5軒〜6軒の住居跡と掘立柱建物(倉庫と推測できる建物)群が囲むかたちの直径150mほどの環状集落(縄文時代中期の典型的な環状集落)。
墓と考えられる土坑群が東西70m、南北50mの範囲で中央部に密集。
それを取り囲むように竪穴建物群が環状に、さらに、掘立柱建物群は環状集落の西側に土坑群と竪穴建物群に挟まれるように細長く半円形にそれぞれ配置されています。
下野谷遺跡から谷を挟んだ東側には,ほぼ同時期に属する環状集落が近接して営まれ、「双環状集落」(そうかんじょうしゅうらく)と呼ばれる拠点的な集落の特徴があります。

遺跡からは、縄文時代中期中葉の「勝坂式土器」(かつさかしきどき=神奈川県相模原市南区磯部の勝坂遺跡の発掘調査によって検出された土器群)と「加曽利E式土器」(かそりいーしきどき=千葉県千葉市若葉区の加曽利貝塚が標式遺跡)とが最も多く出土。
出土している土器から、集落が1000年間もの間、継続していたことがわかり、石神井川の湧水など、環境に恵まれていたことがわかります。
出土した土器のなかには、南東北や甲信越地方の影響を受けたものもあり、縄文時代における遠方との人や物の交流を垣間見ることができます。

発掘調査からは、南関東最大級の縄文集落跡であることが判明。
平成19年には下野谷遺跡保護のため一部を公有地とし、下野谷遺跡公園を開園。
その地下に西集落の一部が眠っています。

園内には、竪穴住居の骨格復元、出土状況復元、地層状態を表す土層模型のほか、栗やクルミが植栽され、縄文人が集落として好んだ立地や環境を学ぶことができます。
毎年秋には、『縄文の森の秋まつり』も開催。

下野谷遺跡のマスコットキャラクターが「しーた」と「のーや」で、下野谷遺跡の最寄り駅となる東伏見駅の南口駅前広場には、縄文モニュメントとして「しーた」、「のーや」、父親「ぎん」、母親「あん」の4人の像が立っています。

下野谷遺跡公園
名称 下野谷遺跡公園
所在地 東京都西東京市東伏見6-4
関連HP 西東京市公式ホームページ
電車・バスで 西武新宿線東伏見駅から徒歩7分
駐車場 なし
問い合わせ 西東京市みどり公園課 TEL:042-438-4045/FAX:042-438-176
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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