國分寺(四国八十八ヶ所霊場第15番札所)

國分寺(四国八十八ヶ所霊場第15番札所)

徳島市国府町にある國分寺(国分寺)は、四国八十八ヶ所霊場第15番札所で、14番の常楽寺から徒歩15分。天平13年(741年)に発せられた聖武天皇の勅命で全国につくられた国分寺(金光明四天王護国之寺)のひとつ阿波国分寺の後継寺院。創建当時は2km四方に七堂伽藍を配した壮大なスケールだったと推定されています。

阿波国府近くに建立された阿波国分寺が前身

開基は行基と伝えられ、本尊は行基作の薬師如来像。創建当初は法相宗でしたが、空海(弘法大師)が真言宗に改め、寛保年間(1741〜1793年)に曹洞宗に改宗しています。

一対の七重塔を配した東大寺式の伽藍配置は、境内に残る創建当時の七重塔の心礎といわれる礎石で偲ぶのみとなっています。

天正年間(1573〜1592年)に土佐を拠点として四国という地を目指した長宗我部元親軍阿波侵攻の兵火により鳥枢沙摩明王堂(うすさまみょうおうどう)を除くすべての堂宇が焼失し、寛保元年(1741年)に徳島藩の藩命により本堂再建に着手。
文化文政年間(1804年〜1829年)に本堂、天保年間(1830年〜1843年)に大師堂が再建しています(現存する大師堂は平成26年の再建)。
鳥枢沙摩明王堂に安置される明王像は空海自刻と伝えられ不浄除けにご利益が大。

国の名勝に指定される阿波国分寺庭園は、納経所に声をかければ見学可能です(拝観料が必要)。
阿波の青石を力強く豪快に組んだ枯滝・枯池などで構成された石庭で、桃山時代に作庭され、文化文政年間(1804年〜1829年)の本堂の再建時に修築されたものと推測できます。

ちなみに四国八十八ヶ所霊場、第29番札所の国分寺は土佐国分寺、第59番札所の国分寺は伊予国分寺、第80番札所の国分寺は、讃岐国分寺。
聖武天皇が発した「国分寺建立の詔」で行基が開いた国分寺を空海(弘法大師)が真言宗に改めたもの。
つまりは、四国4ヶ国に聖武天皇が建立した国分寺の後継寺院はすべて四国八十八ヶ所霊場ということに。

霊場間の距離・時間

14番札所・常楽寺(徳島県徳島市国府町延命606) — (1km/5分) — 15番札所・國分寺(徳島県徳島市国府町矢野718-1) — (2km/10分) — 16番札所・観音寺(徳島県徳島市国府町観音寺49)

國分寺(四国八十八ヶ所霊場第15番札所)
名称國分寺(四国八十八ヶ所霊場第15番札所)/こくぶんじ
所在地徳島県徳島市国府町矢野718-1
関連HP四国八十八ヶ所霊場会公式ホームページ
電車・バスでJR徳島駅から徳島バス入田方面行きで22分、国分寺前下車
ドライブで徳島自動車道藍住ICから約11km
駐車場10台/無料
問い合わせ國分寺 TEL:088-642-0525
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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