【知られざるニッポン】vol.82 地の果て・知床岬には「郵便番号」がある!

知床岬

世界自然遺産に登録される北海道・知床。知床半島に位置する知床岬は、知床でも秘境中の秘境。岬への道はなく(徒歩道もありません)、しかも先端部の台地は上陸禁止。そんな知床岬ですが、人家がないのにもかかわらず、なんと「郵便番号」が付いています。知られざる知床岬の歴史をひもときましょう。

目梨郡羅臼町知床岬、〒086-1801で郵便が届く!?

知床岬

知床岬の先端部の台地上(知床岬灯台の建つ草原部)は、環境省、林野庁、地元自治体(羅臼町、斜里町)の取り決めで、特別な許可がない限り、立ち入ることができません。
岬の原始性を保つための方策です(ただし、皮肉なことに現在はエゾシカによる食害で、先端部の高山植物は壊滅的な打撃を受けています)。

羅臼町側から海岸部の道なき道を、断崖をよじ登り、場所によっては海を泳いだりしながら2泊3日かかって到達する探検家もいますが、ヒグマも出没、携帯電話も通じないなど、一般にはまったく到達が困難なエリアとなっています。

そんな知床岬ですが、日本郵便の郵便番号検索の住所からの検索で、都道府県に「北海道」、そして市区町村・町名に「知床岬」と入力すると、なんと〒086-1801と表示されます。
逆に郵便番号からの検索で086-1801を入力すると、目梨郡羅臼町知床岬という地名が出てきます。
つまり、人家もない先端部に、なんと郵便番号が付いていることがわかるのです。

かつて知床岬・赤岩地区には56軒もの番屋があった

現在、知床岬先端部にある建物は、知床岬灯台と、ウトロ側に回り込んだ文吉湾の番屋のみ。
文吉湾の番屋は、斜里町なのでこの郵便番号が該当しません。
知床岬灯台は、羅臼町と斜里町の境界に建っていますが、昭和38年10月15日の初点灯から無人。
ディーゼル発電(自家発電)に使う経由は、知床岬灯台に近いアブラコ湾に接岸して補給していました(現在は太陽光発電、LED灯台に変更)。

というわけで灯台守用の郵便番号ではありません。
結論をいえば、かつて知床岬、羅臼町側の赤岩海岸には、夏の間、移住生活を送る昆布漁の番屋が建ち並んでいました。
家族総出で昆布漁を行なうため、子どもたちも番屋に暮らします。
そのため、学校の教師も船で赤岩地区を訪れ、出張授業を行なったほどです。

羅臼港から出向する観光船「知床ネイチャクルーズ」の長谷川正人船長は、もともと曾祖父から4代続く漁師で、30代半ばまで. 赤岩地区で昆布漁に従事。
相泊港〜知床岬・赤岩海岸を結ぶ交通船(生活物資や人を運ぶ船)もこの長谷川家が担っていました。

最盛期にはなんと56軒もの番屋が建ち並び、夏場には羅臼昆布を海岸の玉石の浜に干したりしていたのです。
櫓付きの帆船で8時間も費やして赤岩に到達した時代のため、夏の間はそこで暮らす方が便利だったのです。

現在は船外機が付けられた船で相泊港から移動できるため、日帰りでの昆布漁が可能となり、番屋で暮らすことはなくなりました。
つまり、知床岬の〒086-1801は、夏の間移住生活を送った時代の名残りということに。

こうした記憶がある人も今や60代以上に。
それでも郵便番号がその歴史をとどめています。

【知られざるニッポン】vol.82 地の果て・知床岬には「郵便番号」がある!
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

知床岬灯台

流氷の訪れる南限、流氷がもたらすアイスアルジー(流氷の底に付着する珪藻類)を起点とする生態系で世界自然遺産に指定される知床半島。その突端の台地の上に建つのが知床岬灯台です。以前は、灯台管理用のアブラコ湾に港湾施設が築かれていましたが、荒廃し

知床岬

国立公園の特別保護区に指定され、動力船での上陸ができないため実質的には立入禁止となっている知床岬。岬の突端には海岸段丘が続き、断崖の上はテラスの草原と化していますが、短い夏の時期だけ、高山植物が咲き誇るという原始境です。その先端部の台地には

知床半島「キケン道なし!」の相泊へ

知床半島先端部は道路が通じていません。知床岬へ到達するには、羅臼側の海岸線を命がけ、ザイルにしがみつき、ある場所では海を泳いで到達するしかありません。まさに探検の世界です。車でどこまで到達できるのか?まずは下の地図をじっくりとご覧あれ。海岸

よく読まれている記事

こちらもどうぞ