島根県出雲市今市町にある墳丘長92mという出雲地方最大の前方後円墳。6世紀後半(古墳時代後期)頃の築造と推定され、その頃にはヤマト王権の支配が出雲にも及んでいたことが推測できます。今市は地名、大念寺は寺の境内にあるので寺の名をとったもの。松江市の山代二子塚とともに県内最大級の古墳で、国の史跡に指定。
横口式家形石棺は日本最大級!

出雲平野が一望できる大念寺裏山に位置する巨大な前方後円墳。
もともとは古墳としては認識されていませんでしたが、江戸時代後期の文政9年(1826年)、寺域の拡張にあたって、本堂の裏手で横穴式石室が見つかり、古墳と認識されたもの。
大正時代に古墳を調査した島根縣史編纂委員・野津左馬之助(のつさまのすけ=『島根縣史』に松江市の山代二子塚の形式を「前方後方墳」と記載、「前方後方墳」の名付け親にもなっています)は、今市大念寺古墳が出雲に多い前方後方墳ではなく、ヤマト王権の影響を受けた前方後円墳であることは、「後円部の丘斜面及び堂宇建設の為めに削り去られたる切岸面の土層状況よりて明なり」としています。
後円部の横穴式石室は、全長12.8mという大きなもので、玄室(奥室)・前室・羨道で構成。
安置される横口式家形石棺は全長3.3m、幅1.7m、高さ1.89mで、日本最大級。
凝灰岩を刳り抜いてつくられています。
横穴式石室の上部は粘土で厚く覆われ、さらに粘土の上に細かい礫が敷きつめられていて防水対策が施されています。
石室は見学できますが、入口は施錠されているので、見学の際には事前に出雲市文化財課への連絡が必要です。
王墓の里文化財ボランティアガイドの会のガイドも可能ですが、その場合は2週間前までに出雲弥生の森博物館に連絡を。
出雲国誕生のプロセスと、ヤマト王権
今市大念寺古墳の被葬者は、出雲西部を支配した豪族ですが、当時の出雲は、意宇(おう=現在の松江市、安来市一帯で、古代出雲の政治・文化の中心地)と杵築(きづき=神々の宮殿を築いたという神話の地名で出雲市一帯)という東西二大勢力に分かれ、律令制の前段階として出雲国の統一の過程にありました。
巨大な古墳か築かれた6世紀においては、東部の意宇郡にある山代二子塚(前方後方墳)と、西部の今市大念寺古墳(前方後円墳)が東西を代表する墳丘で、それぞれが出雲臣(いずものおみ)、神門臣(かんどのおみ)だと推測されます。
ヤマト王権との関係でいえば両者の背後には蘇我氏や物部氏の存在とその消長が推測できるのです。
| 今市大念寺古墳 | |
| 名称 | 今市大念寺古墳/いまいちだいねんじこふん |
| 所在地 | 島根県出雲市今市町1696 |
| 関連HP | 出雲市公式ホームページ |
| 電車・バスで | 一畑電車出雲科学館パークタウン前駅から徒歩2分。JR出雲市駅から徒歩7分 |
| ドライブで | 山陰自動車道出雲ICから約7km、斐川ICから約9km |
| 駐車場 | 大念寺駐車場を利用 |
| 問い合わせ | 出雲市文化財課 TEL:0853-21-6893 |
| 掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。 | |












