香積寺

香積寺

東海を代表する紅葉の名所・香嵐渓(こうらんけい)は、香積寺の「香」と、渓谷に発する嵐気の「嵐」をとって、昭和5年に付けられた地名。香積寺(こうじゃくじ)は、室町時代の応永34年(1427年)、滅亡した足助氏の菩提を弔うために、飯盛山中腹の豪族足助氏の居館跡に創建された禅寺です。

豪族足助氏の居館跡に創建された曹洞宗の寺

香積寺

有名なモミジは、香積寺11世の参栄本秀(三栄本秀)和尚が、寛永11年(1634年)に参道に数百本を植えたのが始まり。
その後、鉄道の開通などで「塩の道」中馬街道(ちゅうまかいどう=三河と飯田を結ぶ街道)の役割が終わると、足助の人々は参栄和尚の遺志を受け継ぎ、さらにモミジを植え増し、京都の嵐山に匹敵するモミジの名所を生み出したのです。
今でも巴川の河畔から本堂へと続く参道には香嵐渓のルーツともいえる見事なモミジのトンネルがあり、新緑、紅葉は実に見事です。

飯盛山城(いいもりやまじょう)は、飯盛山の山頂一帯に築かれた山城で治承年間(1176~1180年)に足助氏2代・足助重秀が築城。
その後、足助氏が没落し(南北朝時代に足助重範は後醍醐天皇の倒幕に参画し、斬首)、鈴木氏が入城。

5代・鈴木康重は徳川家康に伴って関東に移り、天正18年(1590年)に廃城となっています。
現在、香積寺の建つ場所に居館があったため、山門近くには往時の土塁の跡がそのまま残されています。
景勝地香嵐渓の中心となる寺というものの、今も山城的(城郭的)な雰囲気を残しているのはそのため。

境内には足助城主だった鈴木氏五代の墓、歴代住職の墓、十六羅漢などもあります。
現存する坐禅堂は江戸時代後期の建立。

香積寺
名称 香積寺/こうじゃくじ
所在地 愛知県豊田市足助町飯盛39
関連HP 豊田市足助観光協会公式ホームページ
電車・バスで 名鉄名古屋本線東岡崎駅から名鉄バス足助行きで1時間9分、香嵐渓下車。豊田市駅からの名鉄バスも利用可能
ドライブで 猿投グリーンロード力石ICから約10km。伊勢湾岸自動車道豊田藤岡IC、豊田勘八ICも利用可
駐車場 宮町駐車場(200台/有料)、西町第1駐車場(30台/有料)、西町第2駐車場(70台/有料)、落部駐車場(60台/有料)、足助中央駐車場(90台/有料)
問い合わせ 香積寺 TEL:0565-62-0267
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
香嵐渓

香嵐渓

東海地区を代表する紅葉の名所が愛知県豊田市の香嵐渓(こうらんけい)。矢作川(やはぎがわ)の支流、巴川(ともえがわ)と足助川(あすけがわ)が合流する待月橋(たいげつきょう)から上流1.5kmのエリアで、川の両岸から飯盛山山頂にわたって、約40

三州足助屋敷

三州足助屋敷

紅葉の名所、愛知県豊田市足助の香嵐渓にある施設が三州足助屋敷(さんしゅうあすけやしき)。山里の手仕事を子孫に伝えようというコンセプトで昭和55年に開館。足助の豪農を再現した屋敷内には、わら細工、機織り、桶作り、番傘作り、紙漉き、炭焼き、鍛冶

香嵐渓もみじまつり

第68回香嵐渓もみじまつり|豊田市|2023

2023年11月1日(水)~11月30日(木)、愛知県豊田市足助で『第68回香嵐渓もみじまつり』が開催されます。東海屈指の紅葉の名所、香嵐渓(こうらんけい)のもみじは、例年11月中旬~下旬が見頃で、『香嵐渓もみじまつり』期間中の日没~21:

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でニッポン旅マガジンをフォローしよう!

ABOUTこの記事をかいた人。

アバター画像

日本全国を駆け巡るプレスマンユニオン編集部。I did it,and you can tooを合い言葉に、皆さんの代表として取材。ユーザー代表の気持ちと、記者目線での取材成果を、記事中にたっぷりと活かしています。取材先でプレスマンユニオン取材班を見かけたら、ぜひ声をかけてください!

よく読まれている記事

こちらもどうぞ