祖原元寇古戦場跡
文永11年10月20日(1274年11月19日)、元軍は博多湾(現・福岡県福岡市)に襲来し、主力部隊となる蒙古・漢軍は百道原に上陸、祖原、鳥飼、赤坂の一帯が激戦の地となりました。元軍の一部隊が陣を構えた古戦場のひとつが祖…
文永11年10月20日(1274年11月19日)、元軍は博多湾(現・福岡県福岡市)に襲来し、主力部隊となる蒙古・漢軍は百道原に上陸、祖原、鳥飼、赤坂の一帯が激戦の地となりました。元軍の一部隊が陣を構えた古戦場のひとつが祖…
福岡県福岡市東区にある陸繋島の志賀島(しかのしま)。古代、大陸への玄関口で、金印(漢委奴国王印)出土で有名ですが、鎌倉時代の元寇(蒙古襲来)では、元軍と日本軍(鎌倉幕府軍)との激戦地にもなっています。蒙古塚は、戦死した蒙…
二度にわたる博多湾への元寇(げんこう)のうち、文永の役後の建治2年(1276年)、鎌倉幕府執権・北条時宗が元軍の再襲来に備えて九州の諸武将に命じて築かせた石築地が元寇防塁。福岡市早良区の西新地区(にしじんちく)は、当時、…
北前船の寄港地である日本海側の各湊(各港)には、金刀比羅社が建つことが多いのですが、富山県富山市、神通川河口の東岩瀬地区に鎮座する金刀比羅社もそのひとつ。創建は江戸時代後期の文政3年(1820年)で、当時は神仏習合で栄え…
富山県富山市、富山外港の岩瀬港のシンボルとなっている展望台が富山港展望台。建つ場所は、かつて北前船の交易で栄えた神通川河口の東岩瀬地区。高さ24.58mの展望台は、近くに建つ金刀比羅社(琴平社)の常夜燈をイメージ。常夜燈…
古代、越中国の国府(国庁が置かれた場所)は、現在の富山県高岡市伏木にありました。歌人としても名高い大伴家持(おおとものやかもち)が越中国の国守として在任中の天平18年(746年)、宇佐神宮から宇佐八幡神を勧請して創建した…
鳥取藩の藩倉が置かれた由良湊(現・鳥取県北栄町)に元治元年(1864年)に築かれたのが由良台場。往時の原型を完全な姿で保存している日本唯一の貴重な史跡で、お台場公園として整備されています。鳥取藩最後の藩主・池田慶徳(いけ…
鳥取県境港市の境水道に隣接する公園が境台場公園。幕末の文久3年(1863年)に鳥取藩が外国艦船への防備のため藩内の海岸部に築いた砲台(台場)8ヶ所(因幡国3ヶ所、伯耆国5ヶ所)のひとつ、鳥取藩境台場跡です。往時の遺構が残…
長崎県南島原市の諏訪池(すわのいけ/雲仙市)近くの山中、標高230mほどの高台に位置する縄文時代晩期終末の遺跡(墓地)が原山支石墓群(はらやましせきぼぐん)。日本国内の支石墓遺跡としては最古最大級のもので、原山ドルメンと…
日本100名城に数えられる小田原城(神奈川県小田原市)。現存する小田原城天守閣は、昭和35年、小田原市制20周年記念事業として総工費8000万円をかけて建設された復興天守。宝永3年(1706年)の再建の際に作られた模型や…
永暦元年(1160年)、伊豆の蛭ヶ小島(ひるがこじま=静岡県伊豆の国市)に流刑になった源頼朝は、20年を伊豆で過ごしますが治承4年(1180年)、以仁王(もちひとおう)の平氏追討の令旨を受けて挙兵。平家方と激戦を展開し、…
神奈川県小田原市、小田原城本丸西側の高台にある運動公園が城山公園(海と城の見える丘)。城山公園と名がつくのは戦国時代、小田原は町全体が城郭都市と化していましたが、三の丸外郭に相当するから。運動公園になっていますが、空堀の…
小田原から箱根へと上る箱根ターンパイク沿いにある標高262mの尾根状のピークが石垣山。ミカン畑が広がるのどかな山ですが、東は相模湾に臨み、北は小田原市街を眼下にするという立地から、戦国時代末に豊臣秀吉が「石垣山一夜城」を…
高い石垣で囲まれた小田原城本丸の正面に位置するのが常盤木門。本丸の出入は東の常盤木門と北側の鉄門(くろがねもん)という2つの門を使用していましたが、常盤木門が大手側(正門)にあたり、重要な防御拠点であったために、他の門と…
「日本100名城」に選定される小田原城二の丸の表門が銅門(あかがねもん)。馬屋曲輪(うまやくるわ)から二の丸へ登城する途中にある門で、現在の門は平成9年の復元。石垣による桝形(ますがた)、内仕切門(一の門)と渡櫓門(わた…
小田原城の大手筋(正面)に位置する、二の丸を守る重要な門が馬出門(うまだしもん)。小田原市の「史跡小田原城跡本丸・二の丸整備基本構想」で二の丸から本丸に至る往時の登城ルートの復元整備が行なわれていますが、平成21年に復元…
日光東照宮でもっとも重要な空間が御本社で、拝殿・石の間・本殿の3つの建物で構成されています。拝殿左右には、「将軍着座の間」・「法親王着座の間」があります。3代将軍・徳川家光の命により寛永13年(1636年)に造営されたも…
日光東照宮の陽明門の東西に伸びる、神域を守る全長220mの廊下が回廊。陽明門の東側の東回廊、西側の西回廊が対称的に備わり、見事な彫刻が施されています。屋根の下の長押(なげし)の上の部分に雲、胴羽目(どうはめ)の部分には花…