加藤家長屋門

加藤家長屋門

三重県亀山市、かつての亀山城の城下町に現存するのが加藤家長屋門。加藤家は江戸時代後期の亀山城主石川家の家老職を務めた家。屋敷は亀山城西の丸に位置しています。現存する長屋門は、屋敷の表門で、内部には男部屋、若党部屋など4部屋が配され、土塀で連なる土蔵とともに亀山市の文化財に指定。

亀山藩家老職を務めた家の屋敷門が現存

加藤家長屋門

加藤家は、延享元年(1744年)、石川総慶(いしかわふさより)の備中松山(現・岡山県高梁市)から伊勢亀山への移封に従い、現在地に屋敷を構えました。
文化9年(1812年)に二の丸居屋敷(御殿)が焼失した際、仮御殿となったほどの格式がありましたが、残念ながら屋敷は現存していません。

二の丸の居屋敷(御殿)と西の丸は、多聞櫓の南にあった石坂門で繋がっていたのですぐに登城できる位置関係。
亀山城石坂門の石垣は亀山歴史博物館の玄関前に移築展示されています。

加藤家長屋門の西側にある公園は、西の丸の庭園跡。
加藤家長屋門の東側、田中病院東の池は往時の堀割の跡で、池の南側を通る道が旧東海道です。

名称 加藤家長屋門/かとうけながやもん
所在地 三重県亀山市西丸町545-1
関連HP 亀山市観光協会公式ホームページ
電車・バスで JR亀山駅から徒歩8分
ドライブで 東名阪自動車道亀山ICから約4.5km
駐車場 亀山公園駐車場(80台/無料)
問い合わせ 亀山市まちなみ文化財室 TEL:0595-96-1218
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

亀山城跡

亀山城は、1265(文永2)年、関実忠が若山(現・三重県亀山市若山町)に築城した亀山古城に始まる東海道の要衝に位置する城。1590(天正18)年、羽柴秀吉に仕えた岡本良勝が近世的な城郭に変え、その後、歴代藩主の手で城郭が整備されました。藩政

亀山城多門櫓

亀山城多門櫓

伊勢国鈴鹿郡亀山(現在の三重県亀山市本丸町)にあった伊勢亀山藩の居城、亀山城。現存する往時の遺構が亀山城多門櫓です。松江藩主・堀尾忠晴の勘違いから天守を寛永9年(1632年)に解体されてしまったため、小藩ということもあってか天守の再建はなく

 

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