大久保神官邸宅門

大久保神官邸宅門

三重県亀山市、亀山城西出丸跡に建つ亀山神社の入口に建っているのが、大久保神官邸宅門。亀山城(亀山古城)の鎮守社として鎌倉時代に創建した南崎権現社の神官・大久保但馬守邸の門。亀山西小学校裏門として利用されていましたが昭和30年に現在地に移築されています。

城の鎮守として勧請した南崎権現社の神官宅の門

文永2年(1265年)、伊勢関氏の祖となる関実忠(せきさねただ)が亀山城(亀山古城)を築城しますが、その時城の鎮守として勧請したのが南崎権現社。
東町の江ヶ室八幡に対して、西町の鎮守社でもあった南崎権現社ですが、神仏分離で明治元年に亀山皇太神社となり、明治41年に亀山神社に合祀されたため、遺構は何もなく、大久保神官邸宅門に歴史を偲ぶのみとなっています。

大久保神官邸宅門
名称 大久保神官邸宅門/おおくぼしんかんていたくもん
所在地 三重県亀山市西丸町570-1亀山神社境内
電車・バスで JR亀山駅から徒歩11分
ドライブで 東名阪自動車道亀山ICから約4.5km
駐車場 亀山神社駐車場(6台/無料)を利用
問い合わせ 亀山市商工農林課 TEL:0595-84-5049
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

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