亀山神社

亀山神社

三重県亀山市、亀山城の西出丸跡に建つ神社が、亀山神社。祭神は亀山藩の旧藩主、石川氏の祖とされる源義家、源義時、元弘の役に奮戦して笠置山に散った石川義純(いしかわよしずみ)。江戸時代に城内に祀られた真澂神社(ますみじんじゃ)が前身です。

亀山城の西出丸跡に建つ藩主・石川家ゆかりの神社

江戸時代中期の延享元年(1744年)、備中国松山藩から石川総慶(いしかわふさよし)が亀山藩に転封され、亀山城に入城した際、城内に小祠を設けて奉斎したのが亀山神社の始まり。
亀山城内では、真澂神社(ますみじんじゃ)として崇敬されていました。

亀山城には、本丸、二の丸、東三の丸、西の丸、西出丸があり、本丸に本丸御殿、二の丸に藩庁となる二の丸御殿がありましたが、明治6年の廃城令で、多聞櫓と石垣、堀の一部を残し城郭の大部分は破却され、真澂神社も明治4年に城外に遷座しましたが、明治9年、真澂神社は亀山城内に戻っています。

明治32年には亀山演武場が境内に移設。
伊勢国鈴鹿郡鎮座の延喜式神名帳記載の眞木尾神社(祭神は句々廼遅神)、志婆加支神社(江戸時代には片岡明神、祭神は武甕槌命)、亀山皇太神社(江戸時代までは南崎権現社)を明治41年に合祀し、神社名を真澂神社から亀山神社に。

真木尾神社の伝承地は、亀山市阿野田町の真木尾神社とする説と亀山市天神町の天満神社とする説がありましたが、現在では2社とも亀山神社に合祀され、式内社の論争は合祀というかたちで決着しています。

社宝として、石川忠総甲冑(いしかわただふさかっちゅう)がありますが、江戸時代初期の慶安4年(1651年)に亀山藩主となった石川憲之(いしかわのりゆき)の父で、膳所城主・石川忠総の甲冑です。

亀山神社
名称 亀山神社/かめやまじんじゃ
所在地 三重県亀山市西丸町570-1
電車・バスで JR亀山駅から徒歩11分
ドライブで 東名阪自動車道亀山ICから約4.5km
駐車場 6台/無料
問い合わせ 亀山神社 TEL:0595-82-1779
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

亀山城跡

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亀山神社

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